この度、小山登美夫ギャラリーでは、三宅信太郎の新作による個展「それでも素敵な人生を」を開催いたします。本展は、三宅にとって当ギャラリーにおける2003年の初個展から数えて8度目の個展となります。
今回の作品は、三宅のいま生きている世界、見えている世界、知ってきた世界を、三宅ならではの過剰な自意識のもと、観察眼と好奇心もって自由闊達に描いた世界を展開いたします。
今回は紙に描いた作品が中心になります。
【三宅信太郎について】
三宅信太郎は1970年東京生まれ。1996年多摩美術大学絵画科版画専攻卒業。現在も東京を拠点に活動を行っています。
三宅は、ドローイング、ペインティング、立体、厚紙や木にドローイングを描いて型取りした「切り抜き」、自身で制作したコスチュームや着ぐるみを着てのライブドローイング、パフォーマンス、映像など、様々な表現形式を自由に取り混ぜ、機知に富んだ独創的な世界観をつくりあげてきました。
ひょろ長い手足の人物、動物、想像上の生物や世界、食べ物、建物などの光景を、なめらかな描線と豊かな色彩、文字の書き込みなどで密度濃く表現し、その多様で楽しい作品は世界各地で鑑賞者を魅了し続けてきました。今まで国内のみならずイタリア、オーストリア、ベルリン、台湾など世界各国で個展を開催しています。
(主な展覧会歴はこちらをご覧ください。http://www.tomiokoyamagallery.com/artists/shintaro-miyake/#artist-biography)
作品は、アストルップ・ファーンリ現代美術館(ノルウェー)、キステフォス博物館(ノルウェー)、グギング美術館(オーストリア)、ルベルファミリーコレクション(アメリカ)、高橋コレクションなどに所蔵されています。
【本展「それでも素敵な人生を」について】
本展「それでも素敵な人生を」において、三宅は「人の生死」や「自我への意識」という根源的なテーマをもちつつ、現在の状況を描き出します。
三宅さんの本展へのメッセージです。
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三宅信太郎
「それでも素敵な人生を」
世の中の様々な出来事を見聞きするたび、世も末だなと思うことが多くなってきた気がする。今に始まったことではないのだけれど、子供の頃からあんな事やらこんな事やら色々あった。”世も末”なんて言葉を知ったのはいつだったかは憶えていないがここ最近は世も末だと思っていたら、さらに末の末があったと思う毎日。
“世も末”の音の響きが好きなんだけど英語ではどういう言い方するのかなと思ったらThings are going to hell in a handbasket.という言い方があるみたい。由来はフランス革命の時にギロチンにかけられた首を手籠で運んだという説と、聖書の言い伝えで人が地獄に行くときは手押し車に乗せられていたというのが手籠に変化したという説。
どちらも怖いが何か興味をそそられる話。
世も末といえば世界はどんな終わりを迎えるのか。ターミネーターやウエストワールド、2001年のHALみたいに人間よりも発達したAIやらロボットに滅亡させられる人類、みたいな想像をしちゃうのは映画の見過ぎかな?
いつかどこかで覚えた
“世界は爆発ではなくすすり泣きと共に終わる”
という詩は誰のものだったか?
とんでもない恐怖で世界は終わりに近づくと思っていたけど実際は地味〜な最後かもしれないと思ったり。
詩はT.S.エリオットの”うつろな人々”の一節だった。今更気付いたけれど地獄の黙示録でデニス・ホッパーがセリフで言っていた。
AIの発達で考え生み出す仕事の領域がどんどん人の手から奪われていってるけど初めはそれも恐怖だった。絵を描いてる身としては。でもそうではなくてまた絵を描くことが自分の手に戻ってきた気がする。うまくは言えないんだけど誰も彼もが簡単に絵や彫刻を作り出せるようになって。だから人のことは気にせずに自分のためにまた描けるところに戻った気がする。
元々世の中とうまく付き合えない自分なので作品を通して世の中と繋がれてたんだけど繋がりすぎも窮屈で。
いろんなことが漠然と頭の中を巡っているけど良かったことよりも、辛かったことの方が頭から離れない。
古い記憶。多分中学に通い始めた頃。今でも胸が張り裂けそうになる。言葉では言えない。絵に描いた。とても不幸な出来事だったけど、その不幸がなかった世界線の話。
辛い話は映画にも歌にもある。芝居にもある。蝶々夫人。マリア・カラスの歌声はいつの頃からか知っていたけど”ある晴れた日に”がどんなシーンで歌われたのかを知ったのはだいぶ後の事。同様にお富さん。テレビで春日八郎が歌ってたのを歌詞の意味もわからず聴いてたけど、”与話情浮名横櫛”を知ったのも最近の事。最近と言ってもこの歳になると昨日も10年前もさほど変わりはないけど。
高田渡が”いつになったら”で”いつでも好きな時にさ”と歌ってるのが好きだし、Florence + the Machineが”The dog days are over The dog days are done”と歌うのも好き。
映画や音楽で体験した世界と自身が体験した世界との境界がだいぶ曖昧になってきた。
今まで怖かったものがいつか怖くなくなる日が来るんじゃないかと期待したりメソメソと終わりを近くに感じたり。そんな毎日を何年も何十年も。
世も末だと思っていたらまだそれより大きな末がやってくる。それでも素敵な人生を。
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【内的衝動、自由、楽しさへの純粋なまでの追求 – 三宅信太郎のアーティスト性】
現在、滋賀県立美術館館長である保坂健二朗氏が、以前、三宅の作品集で述べていたように、「現実に対する危機感に根ざした上で、なにかを伝えようとするものになってきている。三宅にそれを描かせることになった理由を考えると複雑な気持ちになるが、彼自身はそれを、怒りや憂いのような感情に変化させることなく、きわめてポジティブな光景に仮託することで伝えようとしている。そこに今日におけるアートの可能性を感じ取ることができるだろう。」(保坂健二朗「三宅信太郎と新しいアプローチ」、『三宅信太郎作品集 アイアムヒア』美術出版社刊行、2018年)
楽しく、時に苦しくも、それでも人生は続くという現実と向き合っていくことの中から、作品は生まれています。三宅の作品を通し、私たちは日常つい忘れがちなそんなシンプルなことに気づく幸せを感じられるかもしれません。
三宅の最新の世界観を堪能しに、ぜひお越しくださいませ。
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