坂本夏子

「知らない誰かと交信するために描く」

i’ll painting…, #2 2026 oil on canvas 194.0 x 162.0 cm ©Natsuko Sakamoto

この度小山登美夫ギャラリー六本木では、坂本夏子の新作展「知らない誰かと交信するために描く」を開催いたします。本展は、坂本にとって弊廊での初個展となります。

坂本夏子(1983年熊本県生まれ、東京都在住)は、独自の制作方法によって絵画の可能性を探求し続けてきたアーティストです。2008年名古屋での初個展にて、少女たちがタイルに囲まれた迷宮のような風景を発表。それから次々と変化していく彼女の作品に共通しているのは、絵画のなかに起こる一つの連続性です。一貫して絵画という媒体そのものに向き合い、描くことを、既存のイメージを表出するための行為ではなく「未だ無い空間にふれるための方法」と捉えてきました。制作の過程で生じる「間違い」を積極的に作品に受け入れながら、予測を超えた絵画空間を生み出しています。

本展で発表される新作について、坂本は「描き終わった絵画のひとつひとつの絵の具が、その位置を確定しないままにキャンバスの上にいられるなら、未来に向かっていくつものコミュニケーションをひらくことができるのではないかと想像する」といいます。こうした絵画との向き合い方は、近年、記憶を失いつつある父とのコミュニケーションとも重なります。父から送られてくる、意味を読み取りきれない文字列のメッセージ。それらは一見すると誤入力のようでありながら、確かに誰かへ向けられた意思を含んでいます。坂本は、その読み取りきれない発信に向き合う姿勢を、絵画との関係にも見出しています。作者の意図を超えて振る舞う絵画は、未来の自分や、まだ出会ったことのない誰かから届くメッセージのようでもあります。

今回の展覧会に際し、アーティストから寄せられたステートメントを以下に全文掲載します。
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【アーティスト・ステートメント「知らない誰かと交信するために描く」】

絵画を描くときは、あたりまえのことだけれど一手一手進めてゆくしかない。生きてゆくときに1日をとばしては生きられないのと同じで。

すべての一手が分岐点になる。それはよく考えるとすごくおそろしい。一手前に戻ることができないなら、あり得たかもしれないたくさんの行き先を無くすことだから。そして、絵画は間違いかもしれない選択もそこに閉じ込めてしまう。

これまでのように、描くためのルールや方法をあらかじめ決めておけば、すこし心づよい。わたしは絵画を「すでにあるイメージを表出するためのものではなく、未だ無い空間にふれるための方法」だと考えてきた。わたしが知っている世界に導かれたり、経験にもとづいた選択ばかりをしたりしないために必要なのが、描くルールのようなものだった。わたしを不自由にすることが、むしろ絵を自由にすることがあるから。けれどそれらもほんとうはたくさんの行き先を限定するためのべつの方法だったのかもしれない。

絵画のおそろしさに向き合ってみる。一手一手の根拠がすこしずつ満ちてくるのを、待つように描く。でも、そのまぼろしのような根拠は、気がつくと手をかすめて逃げていってしまっていたりする。その繰り返しのなかに、わたしの日々はある。

油絵の具は答えを教えてくれず、たくさんの行き先だけをひらき続ける。描き終わりは困難になった。画面が満ちてもまだ、いくつもの行き先を示しているから。そのとき、知らない誰かを想像してみる。この絵画が出会うかもしれない誰かが、自分やこの絵画と違う時間に生きていることを。

さいきん、歳をとった父から短いメッセージをときどき受信する。それらは日本語の文とはちがう文字列で、普通に考えれば間違って打たれている。抽象的な絵画の単位のような記号だけでできている。

いま父は忘れてゆく病のなかに生きている。でも、きちんと送信ボタンが押されたそのメッセージは、間違いなくなにか意思のある発信だと思う。ただの間違いではないその文字列を読みたいし、読めるはずだとも思う。

父との暗号以上で共通言語未満のコミュニケーションは、いまわたしが絵画とのあいだでしたいそれに重なる。今回の「i’ll painting…」シリーズは、そういうコミュニケーションのようにして描いた。たしかに、絵画はすべてを覚えてしまうし、人間からは記憶がこぼれる。でも、描くなかでわたしが知らなかったふるまいをする絵画は、父のようであり、未来のわたしや、まだ知らない誰かかもしれない。読みとりきれないメッセージをひとが打つのと同じで、描いているなかでは正しさも間違いもない。絵画は調和も不和も一手ごとに変えるし、一手ごとに知らない世界に通じ、知らない誰かと交信できるかもしれないという感覚をくれる。絵画を描くことでしかできないことがあると、あらためて思っている。

坂本夏子
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本展では、坂本が「知らない誰かとの交信」として捉える絵画のあり方が、新作群を通して提示されます。正しさや誤りを超え、未知の世界へと接続していく絵画の可能性を、ぜひご高覧ください。

【坂本夏子について】
坂本夏子は1983年熊本県生まれ。2012年に愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程を修了。これまでに「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」(ポーラ美術館、神奈川、2024年)、「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(東京都現代美術館、2024年)、「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?
」(国立西洋美術館、2024年)、「魔術/美術―幻視の技術と内なる異界」(愛知県美術館、2012年)、「絵画の庭―ゼロ年代日本の地平から」(国立国際美術館、大阪、2010年)などのグループ展に参加。個展「ARKO 2013 坂本夏子」(大原美術館、岡山、2013年)では滞在制作による大作を発表しました。2009年に絹谷幸二奨励賞、2010年にVOCA奨励賞を受賞しています。

作品は、愛知県美術館、愛知県立芸術大学、大原美術館、国立国際美術館、第一生命保険株式会社、豊田市美術館、熊本市現代美術館、高橋龍太郎コレクション、UESHIMA COLLECTIONなどのパブリックコレクションに収蔵されています。

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プレスに関するお問い合わせ先:
Email: press@tomiokoyamagallery.com
Tel: 03-6459-4030 (小山登美夫ギャラリー オフィス)
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  • i'll painting..., #1 2026 oil on canvas 194.0 x 162.0 cm ©Natsuko Sakamoto
  • i'll painting..., #2 2026 oil on canvas 194.0 x 162.0 cm ©Natsuko Sakamoto