日高理恵子
Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka

この度、小山登美夫ギャラリー京橋・六本木の2会場で、日高理恵子展を同時開催いたします。作家にとって、当ギャラリーでは8年ぶり6度目の個展となります。

日高は、40年もの間、木を、枝を、葉を見上げ、そこからさらに先に広がる空との関係を見、感じ、描き続けてきました。
本展では、昨年2025年多摩美術大学アートテークギャラリーで開催した「退任展 日高理恵子 空間と、自然光と、絵と、」の出展作を2会場で展示。
広いスペースに自然光のみで展示構成した退任展の作品が、今回の光や空間のボリュームが異なるギャラリーではどう見え、どう感じられるのか。日高の新たな実験であり、挑戦となります。

また朝日新聞「歌壇・俳壇」の挿画と、日本経済新聞 日曜文化面の挿画の原画ドローイングもあわせて展示いたします。

そして展覧会初日、『日高理恵子 空間と、自然光と、絵と、』(写真:鈴木理策、文:椹木野衣、デザイン:須山悠里)がtorch pressより刊行、ギャラリー店頭にて発売開始となります。
*会期中、本書の制作関係者によるトークも開催いたします。詳細は追って公開予定です。

*日高理恵子の作家情報はこちらをご覧下さい
https://www.tomiokoyamagallery.com/artists/rieko-hidaka/

【日高理恵子の「知覚の風景」
ー「空」を描くために「木の空間」を描く】

日高は大学時代、日本画学科に在籍しながらも日本画材と自分の表現とのずれを感じ、鉛筆でのドローイングや模写を通じて、「見る」「描く」行為自体が表現になりえないかと模索していました。

その後、水平の視点で木を塊として捉えてドローイングで描き、それを元に麻紙に岩絵具でスケールを大きくしたペインティングを制作する手法を始めます。こうして卒業制作で描かれた「樹」(1983)は代表作の一つとなりますが、その後徐々に、その空にあたる上部の何も描けない均一な白に「空間」や「奥行き」の予感を覚え始めたと言います。

そうした中、ふと見上げて描いた作品「葉光」(1983)。そこで気づいた、木々に包まれたような身体的感覚、視野の中での上下の位置関係からの解放、枝と葉の間の空間の存在。それが「測りしれない」距離の追求へと続き、日高独自の見上げた視点の絵画として現在まで継続されてきました。

「私は木を見上げるとき、顔と空が平行になるくらい首を曲げるんです。(中略)私にはこの首を曲げることが重要です。(中略)首を曲げることで、ある身体感覚が動き出す」*1

日高は、制作にあたり、以前は神社の山桜や辛夷など、現在は自宅の庭の木蓮や百日紅をこうして見上げます。そして視点を連続的に無数に動かし、枝やその間に広がる空を見てとらえて、下を向き紙に描く、という途方もない動きを長時間繰り返す。そのドローイングをもとに、今度は壁に立て掛けた大きな画面と正対。ペインティングへとさらに自分の感覚を展開していきます。

しかし、描いていくと日高が見て感じた感覚と、平面上に創っていく空間の、ある種の「ずれ」が生じてくる。その「ずれ」を埋めようと試行錯誤することで作家自身も予期しない不思議な絵画空間が生まれてくるのです。

また特徴的なのは、天候の移り変わり、光や時間の「ずれ」も一つの作品に包含されている点です。
「私はこの時間のこの光を描きたいということではないので、外で制作しているとき、例えば朝の時間から夕方、日が沈むまで描いていたりします。(中略)絵にはさまざまな光が残っていることになります。」*2

木に、空に、身体が包み込まれるような空間のひろがり、さまざまな光、経過していく時間の厚み、それらがもたらす多層的な視点の日高の知覚体験が一枚の絵の中に共存している。
一見精緻で写実的に見えても、作家の眼を通して現実とはかなり違うものが現れている。この「ずれ」こそが日高作品の本質であり、日高の作品は単なる木の絵ではない、作家の終わりのない「知覚の風景」であると言えるでしょう。

「空にある雲の位置は、私の表現には遠すぎるのです」*3

私たちは空を見上げると、あまりに遥かすぎて、実際より近いような遠いような、距離感がわからなくなるかもしれません。そんな感覚を日高は「測りしれない距離」と呼び、そこを掴む手がかり、メルクマール(目盛)として、地上に生え育つ木を選んでいるのです。

【出展作について
ーかすかな光から立ち上がる、途方もない距離】

2017年ヴァンジ彫刻庭園美術館の個展以降、日高が関心を寄せているのが、日が沈みかけ、光がわずかになった頃の見え方であり、「時間を限定したくはないが、この見え方を描きたくなってきた」と述べています。

この時間帯にかすかな光の下で見上げると、木の枝葉は平面的なシルエットのように見えます。しかしさらによく見ていくと、単なる光と影の対比ではない、枝と枝、葉と葉の重なり、空との関係による木の存在自体の奥行きが、ある瞬間ふと立ち上がる。日高はそこに昼間の見え方と異なる「途方もない距離」や空間の広がりを感じているのです。

画面に近づくと、一見フラットな幹や葉の中に力強い筆跡が見られます。素材の岩絵具や胡粉の粒子そのものが光を受け、独特の質感と存在感を生み、さらに鮮やかな緑の絵具を焼いて独特な黒へ変化させていることで、夕暮れの光のなかで見出した樹木の見え方とも響き合っています。

日高作品には人は登場しません。それでもどこか人の気配が感じられるようなのは、そこに幾重にも重なる作家の眼差しがあるからでしょう。
日高は描く時、あくまで知覚に集中していると述べますが、作家の感情は、知覚を突き詰めた結果としてどこかに現れているようにも感じます。

私たちは実際に外で木や空を見上げることで、初めて、日高がこの景色を40年もの間追い続けてきたことを実感できるでしょう。
測りしれない、わからないという豊かさ。日高は作品を通してそれを私たちに気づかせてくれます。
この貴重な機会にぜひご覧ください。

*1 「ARTIST INTERVIEW 日高理恵子」『美術手帖』美術出版社、2017年7月号
*2 「日高さんからの質問回答」『家村ゼミ展2023 空間に、自然光だけで、日高理恵子の絵画を置く ドキュメント』多摩美術大学美術学部芸術学科展覧会設計ゼミ、2024年
*3 「インタビュー 日高理恵子 聞き手:フィリップ・ファン・コートレン(ゲント市立現代美術館アーティスティックディレクター)」『The Space of Trees』個展カタログ、アートカイトミュージアム、ドイツ、2003年

  • Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka
  • Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka
  • Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka
  • Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka
  • Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: ©︎Risaku Suzuki / Artwork: ©︎Rieko Hidaka