Artist Interviews

柏原由佳 インタビュー  2011年

柏原由佳 インタビュー 2011 installation view from [ Amid ] at Tomio Koyama Gallery, 2011

► このインタビューは、オープニング(3月5日)当日、ギャラリーで行われたアーティスト・トークの模様を編集したものです。

——— 柏原由佳さんは1980年広島生まれで、2006年に武蔵野美術大学の日本画学科を卒業されました。同年単身ドイツのライプツィヒに渡り、翌年に視覚芸術アカデミーに入学されました。現在は専門課程に在学されています。今回の展示は、柏原さんにとって小山登美夫ギャラリーでの初の個展となります。今日は展覧会のコンセプトや作品についてお話し頂きます。

柏原 よろしくお願いします。

——— 柏原さんは山や穴、湖といったものをモチーフとして描いてらっしゃいますが、これは柏原さんが見た実際の風景ではなくて、想像の世界だとお聞きしています。これらは柏原さんの言う「距離」の問題をシンボリックに表すモチーフとしてずっと取り組んでいるということです。穴をモチーフとした<Aussen> * 1 という作品は、日本語で「外に向かう」という意味ですが、まずはこちらの作品についてお聞かせください。

柏原 この作品は、出展作の中で制作年が一番古いものです。ドイツというのは自然環境がすごく厳しいところで、3 〜 4ヵ月太陽を見ない中で生活をしていて、その時はずっと自分が洞窟の中にいるような気持ちでした。だからこの作品は、洞窟の中にいるのをイメージして描き始めたんです。でも自分にとって森とか山とか湖というのは、すごく本質的なモチーフで、これによって「自分の世界を保てるだろうか」という問いかけをしたかったので、(洞窟の内部の空間のはずなのに、それらのモチーフが)画面の左手前に出てきてしまったんです。このために、描きながら、洞窟の内側空間にいるのか、外側空間にいるのかというのが、わからなくなってきました。内側にいるのに、外側からも見ているというような。内側にあるものと外側にあるもの、そこを行ったり来たりして、その境界線って一体どこなんだろう、という事を疑問として持ち始めたのは、この頃からです。見る人によって、自分が内側にいるのか外側にいるのかを自由に捉えられる作品だと思います。

——— 構図を見ると、洞窟の中にいるようにも感じるし、外から洞窟を見ているようにも感じますね。そのあたりはかなり考えて描かれるのですか?

柏原 結構、こうなっちゃったと言ったほうが自然ですね。でもこの作品から、自分自身を知るために「穴を掘る」という作業が始まりました。

——— 「穴」とはまた別に、もうひとつ柏原さんの重要なテーマとして「湖」というのがあると思います。柏原さんは湖を、「誰もが持っていて、人の本質を表すもの」だと以前話されていましたよね。

柏原 はい。自分がすごくつらかった時に、友達が送ってくれて、茨木のり子さんの「みずうみ」という詩を読んだんです。それは、人間は誰でも、おなかの中にしいんとした湖を持たなくちゃいけない、という詩です。それがすごくずっと頭の中に残っていました。<Aussen> * 1 は洞窟の中というイメージだったんですが、<山を掘る> * 2 は、地球上最大の穴を掘るというイメージで、大きい穴を掘ろうと思ってこの作品ができました。穴を掘るのは良いんだけれど、穴を掘って掘って掘った先に、じゃあ私は何が見たかったんだろう、何がしたかったんだろう、ということをずっと自問自答していました。その時に、その穴の先に最終的にあるのは湖かもしれないと思って、これは穴の底に湖がある、というイメージで出来上がった作品です。

——— 最初は自分自身を捜すために穴を掘っていたけれども、穴を掘ることの先には湖があって、そして結局それは、全ての人間が持っているものだ、というところに行き着いたということでしょうか。

柏原 そうですね...。でもどちらかと言えば、個人的な自問自答で制作が進んでいることが多いです。自分はそこでどんな景色が見たかったんだろう、という自分に対する問いかけが、制作中ずっとあります。

——— 続いては山をモチーフとした<innen> * 3 というタイトルの作品で、日本語では「内側に向かう」という意味になりますが。

柏原 はい、これも穴を掘っているんですが、山がそれを囲うように描きました。山って昔から、「豊かな恵み」といったことと同時に、災害の要因となったり、色々な神が潜んでいると考えられたりして、人間の恐れの対象でもあった、というのを以前読みました。だから、自分自身で掘った穴を守ってもらうという意味も、尊敬のような意味も込めて、山で囲いました。そもそも自分の中でも、自分で自分の絵に混乱しているような時期が結構あって、自分で穴を掘りながら、内側空間にいるのか、もしくは外側からその世界を眺めているのかということを自問自答していました。そのことを作品にも反映したくて、作品の右上の方に入り口を描きました。それは、見る人によって入り口に見えるかもしれないし、そこから今出てきた出口に見えるかもしれないし。

——— 今回の展覧会名ともなったメインの作品は、タイトルが<真ん中へ> といいます。このタイトルの意味を教えて頂けますか?

柏原 はい、今回の展覧会タイトルは「〜真ん中へ」というのですが、今まで話してきたように、自分は自分自身についてもっと知りたいという、穴掘り作業がずっと続いているんです。自分自身の中にある中心部分を探るために、色々な方向から掘っていきますが、やっぱりその中心部分というのもどんどんずれていきます。
地球の真ん中にあるドロドロの部分というのは、未だに解明されていなくて、それを知るためにカシオペアというロケットを宇宙の果てまで飛ばした、という話を聞いたことがあるんです。その話を聞いた時に、自分の制作とすごくリンクしました。だから、自分の中にある中心部分を探したいという意味を込めて、「〜真ん中へ」という展覧会タイトルにしました。

——— 柏原さんは日本の大学で日本画を4年間勉強されて、そのあとドイツに行って向こうの伝統的な油絵を学ばれました。日本画の技法と油絵の技法というのがミックスされて、独自のやり方で描かれていると思うのですが、制作技法について少しうかがえますか?

柏原 作品は、すごく薄い油絵の具が何層にも重なったような状態になっています。テレピン油をすごい量使うんです。たぶん普通の人が使わないような量を、お水のようにじゃぶじゃぶ使います。それは使い方としては日本画でやっていた時と同じですが、油絵の使い方としては間違っています。でもドイツで描いている時に、それが私の個性だと思って、誰も「テレピン使い過ぎだよ」っていうことを教えてくれなかったんです。たぶん日本だったら「それ間違ってるよ」って言われたと思いますが。日本画のやり方を油絵にも当てはめていたら、薄い層を重ねていくという手法になりました。

——— ドイツのお友達は、柏原さんの作品を日本画っぽいというふうにおっしゃいますか?

柏原 そういうふうに言われることも結構ありますが、でも日本の友達には日本人ぽくないと言われます。だから自分は何人なのかという疑問が常にあります。
「距離」というものに興味があると、以前お話ししたと思います。それはドイツと日本という点を結んだ時の物理的な「距離」、人と人との精神的な「距離」— しかもその精神的な「距離」は、話が通じた時にぐっと縮まったり、逆に遠くなったりしますが — とか、あるいは、自分自身の中にできてしまったドイツ人としての自分と日本人としての自分という「距離」。そこを行ったり来たりしている自分に気付いたんです。その境界線を探りたいというのが制作に向かう時のテーマとしてあると思います。

——— (観客の方からの質問)
ドイツの生活と日本の生活はどこが違いますか?

柏原 違い?ドイツには、森がある。ドイツで今住んでいるところにはすぐ近くに森があって、ジョギングや散歩に行けます。森がないというのが、今回日本に帰ってきて一番つらかったことですね。住んでいるところは日本人がすごく少ないです。

——— (観客の方からの質問)
そういうところでやはり自分のアイデンティティーということを考えるのですか?

柏原 そうですね。ドイツ人の友達には日本人ぽいって言われたり、日本人の友達には日本人ぽくないって言われたりして、最初は制作においてもそういうことをすごく気にしていました。でも自分が日本で生まれたことは否定できない事実で、あたりまえのことで、その私が4年前からドイツに住んでいるという事実もあたりまえのことです。それが日本人ぽかったりドイツ人ぽかったりというのは、自分でコントロールする領域ではないから、全部ついて来てくれると思うんです。だから最近は、ドイツ人ぽいとか日本人ぽいとかっていうことは、ぜんぜん意識せずに制作しています。

柏原由佳 interview March, 2011

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
  • Photo / Kei Okano:installation view
Exhibition Data
柏原由佳 展 —真ん中へ
2011.03.05 - 04.09
TKG Contemporary:小山登美夫ギャラリー東京 6F
  • インタビュー 参照画像

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