Artist Interviews

桑久保 徹 「4人のペインティング」 インタビュー  2010年

桑久保 徹 アーティストトーク 2010 Scatterer with setting Sun and Mountains, 2009 ©Toru Kuwakubo

► このインタビューは、「4人のペインティング」展のレセプション(1月14日)当日、ギャラリーで行われたアーティスト・トークの模様を編集したものです。

——— 桑久保さんの作品は、油絵の具をたっぷり使って、マチエールがはっきりとしたものですが、何か意図があるのですか?

桑久保 例えば、僕の頭の中に世界があって、その世界に画家がひとり住んでいて、散歩したり、スケッチしたりして、たまにアイススケート場なんかにたたずんで描いているんですね。僕はその画家の絵をプリントアウトしている感じなんです。その画家というのは、すごく古典的な描き方をする日曜画家なんですよ。だから僕もそういう風に描いています。

——— 普通に人がイメージする、画家という感じなのしょうか?

桑久保 そうですね。おそらく昔ながらの画家のイメージの人が、湖畔でドローイングしたり描いているものを、僕がそのまま真似して描いているという感じかな。

——— 桑久保さんの作品には、海辺の絵が多いと思いますが、それは何かこだわりがあるんですか?例えばこれは、海辺で人々がお金をばらまいている絵なんですけれど *1、そういう情景があるんでしょうか?

桑久保 この絵を描いた時は、僕自身がお金を使い過ぎて困っていたんです。実際に高い車を買ってしまって、今までないくらいお金を使ってしまって。その不安や嬉しさが相まって、楽しいんだけど、すごく不安定なものとしてのスケート場を描きました。陽の光によって溶けちゃうのかな、というような。また山に沈む太陽があって、落日というか、これから先の不安感が出てしまったかなと思っています。
たまたま、僕の頭の中の画家がすごくゴッホを意識しているから、「沈む太陽と金撒く人」というタイトルにしてしまったんですけど。「沈む太陽と種撒く人」という有名な作品があるので。

——— こちらの作品は十字架ですか *2?きらきら光っているような感じですね。上や下にある紫とか赤のリボンのようなものは何ですか?

桑久保 反射するもの、リフレクションするような構造を描きたかったんですけど、それよりもちらちら光るものが目立った結果になってしまいました。僕らは情報をすごく受け過ぎてしまいますけど、本当はそれから逃れたいんです。でもそれは魅力的な光で、楽しいし面白いし興味深いものがあって。
僕は表現者として今いるんだけど、あまりその光を受けてしまうとやばいんです。見てしまうから、いろんなものを。でもそれは甘い蜜で、反映していまうんですね。魅力的に光っているチープな十字架みたいなイメージもあれば、意味の分からない毒々しいものもあったり。そういうものをただ受け入れて眺めて楽しんでいる女の人たちもいるんですけど、それは僕の身代わりというか、投影したものとして描いている。

——— 自分の中で投影したものと、実際に空に浮かんでいるものを水面にリフレクトしているという感じですか?

桑久保 うまく言えないんですけど、一応そういう感じです。あと、絵を描いている時に夜空を見上げることが多いんですけど、桃色の光が見えるんですよね。見える時があるような気がするっていうだけなんですけど。別に霊的体験ではないですよ(笑)。それを描きたいのですが、実際には見えてないので、また彼(画家)にスケッチさせて、それをまた描いていきます。

——— 桑久保さんは今回ドローイングも展示しています *3 *4。最初にこういう木炭のドローイングを描いてから、ペインティングを作るんですか?

桑久保 ベーシックに行われるであろう行為を追従すること…、まあ僕自身が絵を描くことを仕事にしていて、もちろん距離感はないんですけど、今はもう。トークがある時も、昔は語れたんですけど、今は頭の中の住人と僕がイコールになっている時があるから、語れないんですね。語りにくいというか。

——— 描かれたものじゃなくて、描いている画家のスタイルというか、役割みたいなものが重要なのですか?

桑久保 僕の中では重要だったんですけど、やっぱり美術、つまり視覚のものですから、コンセプトよりそっち側にどんどん移行していってしまったような感じですね。

——— 前に桑久保さんが書いた『海の話し画家の話し』という小さい本があるのですが、それは桑久保さんが全部文章を書かれています。自分の中にある物語とかシーンが、短編みたいにたくさんつまっているイメージがあります。それは桑久保さんの頭の中にいる画家の人が考えたことが文になっているのですか?

桑久保 前編が、画家の人が見たり聞いたりすること、後編は僕ですね。僕が、絵を描くための設定をするまでのいきさつとか。

——— 画家はいつから存在しているんですか?

桑久保 存在したのは、今からちょうど十年前くらいですかね、大学三年の終わり、二十歳くらいの時です。その頃に、さっき言ったようなことをやりたいと思って。役者の画家を、マチス先生でもいいし、誰でも、ピカソ先生でも良かったんですけど。
たまたまゴッホ先生というのがポピュラーだった。画家をイメージした時に、皆さん日本人がイメージするゴッホとか、印象派風の演じ方をしようと思ったんですね。でも後々描いていて分かったんですけど、絵って身体性がかなり出てくるんですね。その人のリズムとか血とかが出てくるんです。もし僕がマチス先生にしていたら、今かなりきついことになっていたと思います。だけどそんなに違和感なくスライドして自分になっていっているので、良かったなと今は思いますね。あとは僕の祖父が絵描きだったので、アトリエのたたずまいの感じとか、油絵の具の匂いとかには、強く憧れがあったと思います。

——— その画家とは、友好関係や、支配関係があるんですか?

桑久保 今は曖昧になっているんですけど、当時は僕が上の方で指示している感じで、「こんな絵描きだからこういう感じで」「はいはい」って、またこれも僕なんですけれど(笑)。そしたら頭でっかちの人間が上からこう、「ここはもうちょっと落ち着こう、調子落として暗い感じで」って指示して、でもこっちの人が技術がないから、そううまく出来ないんですけど・・・。

——— 今は変わってきているのですか?

桑久保 今は上からの人はあんまり出て来なくなってきていて。コンセプトがどんどん薄れてきて、自分自身何をやっているか説明できない。

——— 桑久保さんが画家になってきてるということではないでしょうか?

桑久保 そうですね。今も展覧会をして、皆さんの前でしゃべっているから画家なんですね。という感じかな。

——— ペインターとしての自己がゴッホとかマチスとして設定されているということですけど、このペインティングが特にゴッホの影響を受けていると思います *1。例えばゴッホの自己だったとしたら、その人が描いているんですか?特定のこの絵がゴッホみたいであることには、理由があるんですか?

桑久保 沈む太陽は描きたいと強く思っていて、「いっそやってしまえ」という感じでした。これは説明が難しいですね。

——— サイズは普通、いつもこういう感じで大きいのですか?いろんな小さい所にストーリーがありそうで面白いです。

桑久保 すみません、僕はサイズだけは嘘を付いていて(笑)。実はそれだけはいつも弱気になるというか・・・。絵はやっぱり、内容がサイズも決めるべきですね。僕の画家が描くのはもっと小さいんですよ。

——— 日曜画家的な?

桑久保 多分そうです。それだけはちょっと現代美術に負けているというか。そこはずっともやもやしています。

——— 個一個見ていって面白いし、全体を引いて見ても楽しいというのが見る方は嬉しいですけど。

桑久保 空間を埋めるという二次的な要素はすごく政治的で、この画家には関係ないはずなんですけどね。

——— ドローイングを描くときには、色を使って描くことはないんですか?

桑久保 たまにあるんですけど。基本的にはあまりしていません。ボールペンやマッキーで何度も描くときがあります。何回か描くうちに、絵が、色が見えてくるという感じですね。逆にぜんぜん色が見えないときもあります。

——— そういうときはどうするんですか?

桑久保 描いてしまいます。とりあえず。

——— 途中まで描いて、打ち切りということもあるんですか?

桑久保 打ち切り…、いや、それを下地としてまた強い色をのせたり、混ぜこんで描きます。それを下地と見なすということはありますね。

桑久保 徹 interview January, 2010

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
Exhibition Data
「4人のペインティング」 展 
2010.01.08 - 01.30
小山登美夫ギャラリー京都
  • インタビュー 参照画像

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