Artist Interviews

大野智史 インタビュー  2009年

大野智史 インタビュー 2009 installation view from [PROPHET] at Tomio Koyama Gallery, 2009

——— まず、会場の構成についてお話をしてもらえますか?

大野 入り口の通路では、去年に横浜・ZAIMでやった"THE ECHO"展での展示作品が中心ですが、あのときまでは自分の中で感じたままの、枝分かれしたものを寄せ集めたような展示でした。どうして自分が原生林に惹かれたのか。なぜ、木や自画像を描き続けるのかという問いかけをZAIMまではやっていたんです。この"予言者"では、その寄せ集めたものはなんだったのだろうかと考えました。今回はひとつひとつの作品に大きな意味や関係があるんです。*1

——— 確かに、今回はZAIMの時とはまた違った雰囲気ですね。*2

大野 前にやった展覧会がなんだったのかということで、次の展覧会が始まっているようなパターンが多いです。了解していて作品を作っている部分と、何だかわからないけれど気になって作品を作っている部分が共生しているんですね。だから今回も完全に了解しているところと、「なんでこんなことをしたんだろう」という部分がありますね。オレンジの色一つにしても、前回小山登美夫ギャラリーでやった"Acid Garden"は、オレンジづくしだったわけですけれど「なぜオレンジなのか」「なぜ原生林なのか」みたいなことをいつも考えていました。例えば、プリズムが何なのかとか、今まで感覚的にチョイスしていたものが、徐々に「こうなんじゃないか」と見えてきたことはありますね。

——— 大野さんはずっと原生林を主題に創作を続けていますよね。

大野 原生林はただ自然っていうものじゃなしに、母体みたいなものだと思うんです。その中に自分が入り込んでいくような感覚があります。原生林というのは、包まれるとか、守られるというような印象だけじゃないんですね、できれば入りたくないというような。キャンプに行く感じとも全然違って、入りたくないんだけども、惹かれてしまうという。ちょっと嫌だけど、母性も感じるみたいな。両義的なものなんです。

——— 原生林と共に、プリズムというシンボルも繰り返し描いています。*3

大野 自分と原生林という中に、プリズムという象徴的なものが入ってくることで、関係が三角形になった。シンプルじゃなくなってきたというか。それで、絵もインスタレーションも、僕と原生林という個人的な関係から、もう少し個人的じゃない、感覚的な言葉ですけれど、表現にも絵にも空間性の幅が、何にも属さない幅みたいなものが出てきたと思うんですよ。

——— プリズムには、原生林と大野さんという個人の関係を変えるほどの影響力があるのでしょうか。

大野 光っていうのはいろんな、人間もそうだし、太陽って考えればわかりやすいけれど、万物の原動力ですよね。そういったものを人工的に自分の表現の中で、太陽としてじゃなくて、生き物が求めてしまう存在の対象として描いています。理屈じゃなく、真っ暗なところで、灯りがポッとついたら、たぶん人はそっちの明るいほうにいくんじゃないかというような、人や生物がどうしても惹かれてしまう象徴としての、「光」という存在そのものです。

——— 今回は人物の絵がたくさんありますね。自画像もあるし、妊婦の絵もあるし、笛を吹いている女性の絵もあります。*4 *5

大野 ZAIMでも出していた作品は基本的に自画像なんですけれど、両性具有のイメージが多いですね。両性具有は人間が植物に憧れた結果なんです。植物はおしべとめしべが一緒で、最後に実を付けるわけですが、そういった完結した存在に人は憧れた。その結果、僕からしたらすごく醜い姿になった。僕が原生林に入っていった理由も、人と植物との絶対的な差を感じたからです。人は植物に敬意を払うけれど絶対に植物のように無言のままに生きていくことはできないという、その絶対の差みたいなものを描きたい。業を背負う人間と植物との差を端的に表したかった。花は美しいけれど、同じような姿になれば人はこんな風になるんだよ、みたいな意味合いがあって。

——— なるほど。廊下の壁に描かれたスプレーペインティングや、絵画にも描かれている模様のような、象徴的なモチーフは何でしょうか?*6

大野 この黒いラインみたいなものは、杉の木とか、自画像でもそうなんですけど、末広がりなんです。

——— 末広がり(笑)

大野 杉の木の形状や、髪の毛のストロークの末広がりが模様になったものなんです。象形文字みたいな感じですかね。

——— 杉の木や人物を描き込まなくても、最低限の要素でそれを表すというような?*7

大野 具体的にものを描かなくても、ストロークで純度の高い表現ができるんじゃないかと試してみました。クオリティを考えないと出ない質感とか、スピードを活かさないと出ない質感とかがあって、それが極端に分かれた結果として出て来たのがこの模様です。オレンジ色のこのラインは、絵具の質感とかその色からして、人だな、とか。以前acid garden展でオレンジ色を使っていたときは感覚的に選んでいただけですが、今回は肉体的なものを表す色としてオレンジを使いました。

——— ギャラリー2には女性を描いた3枚のペインティングが展示されています。彼女たちは古典的な楽器を持っていますね。リュート、縦笛、小太鼓ですか。*8

大野 メトロポリタン博物館で、楽器の展示室があって、そこでスケッチしたものから選びました。この3枚は6階の大きい木の絵と関係があるんです。6階の木の絵は、森の入り口なんです。そこのゲートがクローズしているという絵なんですね。それを開けようとしている、三人の演奏している女性たち。*9

——— ここ(7階)はゲートがオープンしているけど、下(6階)はクローズしているんですね。

大野 最初はこれを6階でやろうと思ったんです。ただ、ちょっと絵がうるさくなって、7階のほうがいいなと。真ん中で笛を吹いている人が今回のタイトルの女性です。*10

——— 「予言者」?

大野 予言者です。予言者というよりは、誘導者といったほうがいいのかな。他の二人は使者というか。6階の絵のゲートが開いている状態の絵が、7階の一番大きな倒木の絵なんですね。倒木が、開いたゲートを目指して進んで行く。笛の音色でそれを誘導している人(予言者)がいて、そしてすべてのエネルギーの源としてプリズムが描かれている。プリズムの形も子宮に似せています。

——— なるほど。そんなストーリーがあったのですね。ギャラリー2に展示されている三枚のうち、予言者が描かれているペテンティングで彼女が持っているのは砂時計ですか?

大野 そうです。これは描くかどうか迷ったんですよね。砂時計には、時間をコントロールする意味合いがあるんです。これは裏の裏コンセプトなんですけれど、この三枚は、過去と現在と未来を表しているんです。三枚目の足が未来にちょっとかかっている。これは言わないほうがいいのかななんて思っていたんですけれど。まったく違う物語の話で、時間の流れみたいなものを描きたいんです。例えば、村上隆さんの「727」にはタイムラインを感じる。727年からのタイムラインで、DOB君がこっちに来ているような。「727」は3枚に分かれていて、右と真ん中のパネルにDOB君がかかるように描かれている。左には何も描かれていない。それは過去・現在・未来を描いていると解釈できないかなと。それにオーバーラップするような作品をいつか作ってみたいなと思います。

——— 最も大きなこの倒木の作品は、様々な要素を一枚で表現されているんですね。*11

大野 全体のインスタレーションを一枚で表現できるように描きました。今までの展示は枝葉に分かれていたので、インスタレーションを完成させないと、展覧会の趣旨がわからなかったのだけれど、それを一枚で観られるように。

——— だから、予言者もいて、倒木もあり、プリズムもある。

大野 画面中央の倒木は、ちょっとわかりにくいかもしれないですけど、太めの枝は足みたいになっていて、歩いているんです。あれは男性そのものなんですよ。

——— 倒木は描くのに時間がかかっていそうですね。これは全体としてはどれくらいの時間がかかりましたか?

大野 手をつけてから3ヶ月くらいです。それまでに構成の準備をしたり、他の作品と同時進行だったりもしますが。まずドローイングを40–50枚描くんです、ペンだけで。その中から着彩するものが出てきたり、さらにそれをペインティングにしたり。この作品も、プリズムだけのドローイングがあったり、倒木だけのドローイングがあったり、背景の色は色で絵具でバッとやったりとか。

——— 実はもっと全体的なインスタレーションが展開するのではと思っていたのですが、ウォールペインティングなどは通路だけで、その他の部屋は巨大なペインティング群を中心に見せる展示になりました。

大野 "Acid Garden"からの課題として感じているのは、展示空間から離れたとたんに作品がコンセプトを失うようではダメだなと思ったんです。一つ一つの作品の説得力とクオリティ、強度を保ちたい。
自分の表現を突き詰めながらも、環境とか、その中の条件とか制限を利用して自分の作品に幅をつけるようにはしています。人の身長を超える絵と、超えない絵では、絵の見方・感じ方が変化すると思うからそれを試してみたり。僕のやりたい絵のタイプは、認識する絵というよりは、体感するような絵。小山登美夫ギャラリーという空間には、それだけの可能性を感じていて、美術館並みのボリュームで展示ができるんじゃないかと思っていたんです。小山さんに好きにやっていいですよ、なんて言われたのでつい(笑)

——— とても成功していると思います。森の不穏な空気や、光が差し込んでいる雰囲気を体感できる、感覚的なインスタレーションだと思いました。

大野 大きさのメリットとデメリットみたいなものを制作しているとすごく感じるんですね。大きければいいのか、インパクトがあればいいのか、という問題が常につきまとうと思うんです。そういうこともこれから考えていかなければならないだろうと思うんですけれど、でもこのギャラリーだったら、きっとこういうのができるだろう、というのがあるんですね。

——— 実際に展示を終えてみて、構想されていたイメージは実現しましたか?

大野 やろうと思ったことは…できましたね。どんな風に周りに映るのかという不安はありますが。例えば妊婦とか人物をどう描くか、古典的なイメージがどうしてもつきまうとかいう問題があると思うけど、それは現代美術の価値観を取り払ったとしても自分の絵が「いい絵」なのだろうかとか、現代的であるとはどういうことか、ということにリンクしていたり。描きながらどんどん描くことが制限されていくけど、そういうせめぎ合いの中で生まれたのが今回の展示でしょうかね。

——— この後には、越後妻有アートトリエンナーレが控えていますが、そこでもせめぎ合いの展示が待っているのでしょうか?

大野 越後妻有はもう少しボリュームアップして、うるさくしてみたい。建物を感じられる展示にしたいです。体育館に入ったら、体育館のボリューム自体を感じられることが理想ですね。

大野智史 interview June, 2009

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
  • Photo / Kei Okano:installation view
  • Ikuhiro Watanabe :works
Exhibition Data
大野智史 展 予言者
2009.06.27 - 07.18
小山登美夫ギャラリー東京 7F
  • インタビュー 参照画像

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