Artist Interviews

桑原正彦 インタビュー  2010年

桑原正彦 アーティストトーク 2010 installation view from [ Sweet and Desserts ] at Tomio Koyama Gallery, 2010

► このインタビューは、オープニング(2月5日)当日、ギャラリーで行われたアーティスト・トークの模様を編集したものです。

——— 桑原さんが小山登美夫ギャラリーで展示されるのは、1997年の最初の個展から数えて7回目となります。今回の個展『とても甘い菓子』で発表された作品は、初期の作品に比べて、充足した幸福感があるように思います。移り変わっていく作風に対して、心境の変化などはありましたか?

桑原 心境の変化はそれほどないと思います。ただ、描いているときに意図していたわけではないですけれど、幸せについてとか、そんなことが頭にありました。それが作品に出たのかなというくらいしか、自分では何とも言えないです。

——— 展覧会のタイトルは『とても甘い菓子』ですね。「甘い」という形容詞が印象的です。甘さは、スウィートネス、あるいは幸福感と言い換えることができるかもしれません。

桑原 甘ったるいものが好きで、それを描いてみたいなという気持ちはありました。自分の地に一番近いかな、という気はしています。過剰に甘い。幸福感と同時に、すごくあやうい感じ。そんな空気というか、景色を描きたいなとは考えていました。

——— その景色というのは、普段の生活で見出されたものなのでしょうか。

桑原 そうですね。散歩に行ったりして、身近な暮らしで感じた景色ですね。

——— 以前の作品に比べて、全体にとても柔らかい雰囲気がありますね。90年代の作品は、世の中との関わりを想起させるものが多かったように思います。体の一部がハムになってしまったブタや、工業廃水のような澱みのある水たまり、歪んだ表情をしたヌードの女の子などをモチーフとして描かれていました。
以前にお話を伺ったときには、例えば、エステの折り込みチラシに写っている名も無きモデルなど、消費されていくイメージを参考にされているとのことでした。最近でも、その製作姿勢は変わらないのでしょうか。

桑原 基本的にそういうものにはずっと興味はあります。しかしながら、少し極端な形は避けたいとも思っていました。こういったテーマは、自分の中で言葉になりすぎてしまうんです。それはちょっとどうかな、と思えてきたので、極端ではなく、もっと自然に絵を描こうと思いました。

——— 前回の小山登美夫ギャラリー 京都のこけら落しとして開催された個展『窓』(2008年)あたりから、ペインティングがより柔軟になったのではないかと思います。

桑原 もっと自然体でやりたいですね。言葉で説明できるものを絵に置き換えるというのは、自分でも疑わしい感じがあって、そういう形にはしたくなかった。でもそうすると、作品が曖昧にもなるし、もしかするとちぐはぐな印象になってしまうかもしれない。それでも、自分がどうしても、今描きたいものを描きたいのです。破綻する可能性があっても、そうしてみたい。描きたいという欲求を突き詰めていったほうが、将来的にいい作品ができるのではないかと思います。
ただ、どうしても自分が描きたいものを追求していくと、画面の整合性が無くなる場合もあって、そこが難しいですね。あまり関連がなさそうなモチーフが集まっているように見えたとしても、自分にとって描く必要があるのならば、描いてみようと思っています。かっちりと説明できるものって、面白くないんですよね。自分の中でも曖昧で、説明し辛いものだとしても、どうしても必要とあれば、描いてみる。それが絵じゃないかな、と思うんです。

——— ギャラリー1に展示されている二つの大型ペインティング *1(「ハニーホワイト」*2「空のハニー」*3 )は、何を求めて描かれたのでしょうか。

桑原 多幸感ですかね。

——— 天国的なイメージでしょうか。

桑原 うーん。毎日の生活に、疲れてしまったのかもしれません(笑)

——— 描かれている女の子は、実在の人物にも見えるし、お人形さんのようにも見えますね。

桑原 まったくその通りですね。

——— 女の子のモデルとなった方はいますか。

桑原 特別なモデルはいませんが、街中にいて、とても気になる人がいたら参考にはしています。その人をじっと見て、観察するわけではありませんが。

——— 「菓子箱」*4というペインティングには、女の子が描かれている作品とも、また違った面白さがありますね。構図が特徴的だと思います。一見するとにぎやかで楽しい作品ですが、内向的な絵なのだそうですね。少し意外に思いました。

桑原 幸せそうに見えるかもしれませんが、僕自身は暗い気持ちで描いたものなんです。閉じられた空間を描いているのですが・・・ここは、自分にとって、落ち着ける場所なんです。言うなれば、世の中に背を向けている感じでしょうか(笑)

——— ギャラリー2 *5 に展示されている「プリンセスルーム」というシリーズ *6 *7 *8 も印象的です。女の子のお人形があって、その女の子が遊ぶような動物の人形などが描かれています。まるで、おままごとのようですが、そこはかとない寂寥感を感じました。

桑原 まさに、あやうい幸せといったところでしょうか。

——— あやうい幸せというと、ちょっと人工的なニュアンスを感じてしまいます。

桑原 でも、実際に「プリンセスルーム」のような生活をしている女の子もいるのではないでしょうか。ある意味では、満ち足りているのかもしれませんが。きれいなものに囲まれてはいても、どこかさみしさが残る・・・

——— 今回は久しぶりに立体作品を制作されています。90年代には、今よりも抽象的な立体作品を制作されていましたが、以前と比べて何か変化した点はありましたか。

桑原 立体作品は菓子箱をイメージして制作してします。小さな部屋をイメージして、自分の好きなものだけを詰め込んだような。自分に正直に作りました。

——— ペインティングと立体作品は同時に制作されていますか。

桑原 同時制作だと少し厄介なので、立体は立体で別に作ります。

——— 普段の制作スタイルを教えていただけますか。例えば、朝から夜まで制作されているとか・・・

桑原 なるべく朝早く起きて、掃除したりします。でも、明るい日中だけですね。僕が作業できるのは。夜が苦手なんですよ。気持ちが沈んできて、それが絵に影響してしまう。だから、制作は日が昇っている夕方までですね。夜にぼんやり絵のことを考えたりはしますが、作業はしませんね。最近はなかなか出かけられないことも多いのですが、他の作家の展覧会も、興味があれば見に行きます。

——— 基本的には、穏やかな日常生活を送っていらっしゃるのですね。その穏やかさが、率直に作品に反映されているような気がします。

桑原 極端な生活はしたくないですね。それが、僕にとっては一番大切です。

——— 桑原さんは、主に女性を描かれていますが、男性を描くことは避けられているのですか。

桑原 それはね・・・僕は、ご婦人が好きですから(笑)男性は、絵になりません。少なくとも、僕がイメージする絵の中では、なかなか難しいかもしれません。

——— 桑原さんの作品の中で、バンビなど頻繁に登場する動物やクリーチャーがいますが、それははっきりとしたイメージがあるのでしょうか。

桑原 僕が生まれて、育ってきた世の中に、プラスチック製品や工業的なプロダクションはたくさんありますよね。自分の見てきた景色を語る上で、大切な登場人物として描いています。個人的に、おもちゃなどが好きだということもあります。その空気が自分の絵には、すごく必要です。

——— 貝もよく描かれていますね。貝には、桑原さんを象徴するような意味があるのでしょうか。

桑原 そこまでは考えたことはないですね。昔は東京近郊にもたくさん海がありました。今は埋め立ててしまって、無くなってしまったけれど。僕の子供時代でも、決してきれいだったわけではないですが、暖かい季節になると、親がよく千葉や神奈川などの海へ潮干狩りに連れて行ってくれました。遠くには工場郡が見えたりしました。都市化に伴って、海が埋め立てられたりすると、すごく複雑な気持ちになります。そんな思い出の風景のひとつとして、貝などが、絵の中に入ってきてしまうのかなと思います。

——— 子供時代の思い出などが、桑原さんの作品を形成しているのですね。都市化によって失われ、変容する風景に対して、桑原さんは一貫して違和感を表明されてきました。

桑原 それは、変えようがないというのが、本当のところではないでしょうか。そのあたりのことが、描きたいのです。

——— (観客の方からの質問)
過去から日中に制作するというスタイルを保たれてきたのでしょうか。

桑原 個人的な事情で時間のない時というのは、夜に描かざるを得ません。でも、基本的に夜は好きではないですね。僕の、生き物としての性質かもしれません。

——— 夜に描いているのかな、と個人的に感じた作品があったので質問させていただきました。

桑原 なるほど。夜に描いたら、まるっきり暗くなってしまいますね。

——— それは例えば、夜書いたラブレターを翌朝見直すと、恥ずかしいと思うようなこととは違うのですか。

桑原 それもありますね。がっかりしますよね、朝になると(笑)

——— (観客の方からの質問)
「菓子箱」の立体作品には、宗教的なテーマがありますか。女性の塑像はマリアのようにも見えます *9

桑原 僕は、特別な信仰を持ち合わせていませんが、マリア像のような姿は好きですね。何か自分の中で共感するものがあるのかもしれません。

——— (観客の方からの質問)
「ハニーホワイト」の女の子は、目を見開いて、何かを見ています。一方で、貝などの他の生き物は、目を閉じています。それらはまるで、眠っているようにも見えます。何らかの意図があって、そのように描かれているのでしょうか。

桑原 単純に、自分が安らぎたいからだと思います。静かな景色が描きたかった。そのくらいの意味しか、ないかもしれません。

——— (観客の方からの質問)
以前は、埋められたものを掘り起こすようなイメージの作品だったと記憶しています。今ではそれが後退し、天上性とでもいうような雰囲気が前出している気がします。そのバランスの変化は実感されていますか。

桑原 それは、僕自身も日々変わっていることが大きいですね。とりあえず、そうとしか申し上げられませんが・・・意図的なものではないです。そのバランスは自然に変わってきたのですよ。つまり、自然体ということです。

桑原正彦 interview Feburary, 2010

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
  • Photo / Kei Okano:installation view
  • Ikuo Watanabe :works
Exhibition Data
桑原正彦 展 とても甘い菓子
2010.02.20 - 03.27
小山登美夫ギャラリー東京 7F
  • インタビュー 参照画像

 桑原正彦 :Archives