Artist Interviews

エルネスト・カイヴァーノ インタビュー  2009年

エルネスト・カイヴァーノ インタビュー 2009 installation view from [Her Affect On Branches] at Tomio Koyama Gallery, 2009

——— "彼女が枝に与える影響"という作品のタイトルが、展覧会名になりましたね。

カイヴァーノ この一連の作品は木にまつわる物語("after the woods")から来ていて、プリンセスがメインキャラクターの一人です。この展覧会は彼女(プリンセス)が持つ自然やランドスケープに与える「影響」と関係があります。彼女は魔術師が持つような力を持っていて、例えば物質同士を分離させたり、物質を光らせたり、他の物質に力を持たせたりできます。彼女の影響は、精神的な作用と深く関わっているのです。*1

例えばこの特別なドローイングでは、彼女は枝を元々あるべき場所に戻そうとしていて、その横には完全に体系化されている木があります。だから、これはまさに「ビフォアー&アフター」の様です、つまり"彼女が木に魔法をかけたらどうなるのか"を表現しているのです。
(この作品に関わらず、展覧会に出している作品の)背景にある大きな物語は「男性と女性がこの世界で迷子になった時、彼らに何が起こり、また環境に何が起こるのか」ということをテーマにしています。彼らは変化し、またその彼らが風景を変えていく。この展覧会の作品は、情報や様々な異なる要素が、人々や風景にどのような物質的影響を実際に与えるのかを、理解しようと試みるものです。
メタフィジカルなもの、或いはメタファーをアイディアに取り入れますが、この場合のメタフィジカルとは、コンセプト自体が抽象的であること、メタファーとは、これらの物語が、私たちが現実世界で実際に目にするかもしれないものごとを表すものである、というような意味合いです。*2

このドローイングのように、作品の中にある要素の多くは、壊れた氷山のようにも見えます。世界には、ばらばらに落ちている物事がたくさんある。私たちはある程度の情報を持っていますが、でも世界中には知らないことが多くあります。私のこの物語の中で、プリンセスは後に宇宙船に姿を変えるという話になっています。1組の男女が現れて、男性は騎士そして木に姿を変え、女性はプリンセスに宇宙船に姿を変える。

——— あなたは作品のための物語を、自分で実際に書いているのですか?

カイヴァーノ はい、でも本当に個人的にですよ。誰かに読ませる為ではなく。8年くらい前にこの物語を書き始めたんだけど、もう少しこの物語が続けばもっとまとまりのある話になると思います。

——— ご自分で物語を綴っているわけですが、その内容だけでなく構造にも興味があるようですね。

カイヴァーノ まさにその通りです。同時に私は他の物語と共鳴することも重要だと思っています。歴史、民話、そして科学など……いわばコラージュのような、つまり伝統的歴史的な話から現代の話まで、様々なストーリーの部分部分をコラージュしたような感じです。私たちはもはや民話や神話そのままを(文化として)持つことは出来ないけれど、様々な現代文化を見ているとそれらはつながっていて、最後にはそれらが本質的にどのようにコネクトしているのかを見つけることができる。
私は、学校で教えられたこと、本で読んだこと、そして歴史から学んだことがどのようにつながり、共鳴するのかにとても興味があります。例えば、文化によっては似た文化記号を持っていても、全く異なる意味を持っていたりします。私はこれらの様々な事象がどのような意味を文化に与えるのか、そしてこれらがどのように文化を形成するのか、ということに興味があります。あなたがこれらの事象を集めて物語を作り出せば、その物語は最終的にとても現実的なものになります。しかし、実際にはそれらの物語は全て抽象的なのです。私はそれがとても好きなのです。
最近私は神道の物語にとても興味を持っています。神道の物語は私の考えている物語にとても似ている。自然の中の様々な要素はそれぞれの意味を持っているが、私たちは必ずしもそれを見ることはできません。だから、自分たちで意味を見つけださなくてはいけない。それぞれの文化に同じようなことが起こっています。ネイティブアメリカンは同じような自然との関係を持っていて、自然を崇拝している。今や私達はこのような自然に対する感覚を失ってしまい、お金や所有物についてばかりを気にするようになってきている。それも大事なことだとは思いますが。
そろそろ違う質問をしてください!でなければずっと話続けてしまうよ。

——— この2つの作品を見ていると、まるであなたは私には見ることができない構造を見ているような気がします。あなたは現実世界のトポロジーを見ることが出来て、それをドローイングに反映させているのですか?*3 *4

カイヴァーノ この2点の作品は、いや、この二点だけでなく今回の展覧会の中の多くの作品は「物質的なものは私たちに影響を与える」というアイディアから出来ています。私たちが物質的そして感情的に経験することは、私たちがそれらを受け取るまではとても抽象的で、例えばニュースやインターネットで何かが起こっていると理解する時には、実際には何も起こっていない。それらがどんな匂いがするのかわからない。私たちは感情的にそれらの出来事は本当に起こったのだ、と思ってはいるけれども実際にはどうかはわからない。
この2点のドローイングは、自分が星のようにとても小さいものを見ている時に感じるフラストレーションがもとになっています。岩を触ることは出来るけれども、星を触ることはできない。見たり読んだり、星の様々な要素について学ぶことはできても、実際にそれに触れる事は出来ない。そのような意味で、星とはとても抽象的であるとも言えます。コンピューターやナノテクノロジー、そしてコンピューターの中のチップがデザインされる方法のようです。私達はそれらの世界の中に住むことは決して出来ないんだけど、それらはとても私たちの生活にとって重要で私たちの生活に影響を与える。だからこんなマクロとミクロの側面を含む作品を作れないか、と考えていました。とても物質的で、かつ抽象的な作品を。蜘蛛はまさに(物質的で抽象的な存在の)その良い例です。 *3

例えばこの作品では、繊維の構造のメタファーの世界を表現したかった。そしてどうしたら抽象的なテクスチャーを作ることができるのか、を考えていました。この作品を近くで見ると、とてもなじみ深いものを感じられませんか?この正方形の集まりにおいて、それぞれの角がつながることで正方形はより規則正しいものになります。そのつながった正方形が伸縮したり移動したりして、正方形の完全な構造というものが方向性を失っていくプロセスが表れます。*4

この作品は、ひげ剃りを使ったんです。ひげをそってそれをコピーしたんですよ。だからこれは静物画でもある。同時に、何かの爆発や地図や…いくつかの異なるプロセスにも見えるでしょう。

——— それぞれの要素が繋がり合っているんですね。

カイヴァーノ 私にとって、最も興味深いのは伝統が、おそらく文化的に今の私にいかに影響を与えているか、ということです。おそらく多くの現代美術作品は、伝統的な作品と繋がっている。伝統や何百もの異なる要素が生まれては途切れることを繰り返し重なり合い、もはやルネッサンスや江戸時代の文化の裏側にあるものは存在しなくとも、それらは(現代の文化の)一部となっている。今私がイタリアにいってミケランジェロの作品を見て「私にはこの文化が流れている」と言えたとして、でも同時に決してそう名言しなくてはいけない必要もありません。
多くのアーティストは、ちょうど私が様々な伝統をいろいろ加減して選んでいるみたいに、どの伝統の一部になるかを選べると思うのです—まるでDJをしているみたいに。
様々な文化は、そのようにして出来上がっているような気がする。

——— このようなスタイルと言っていいのでしょうか、細密なドローイングを描き始めたのは、いつ頃からですか?

カイヴァーノ たまにはペインティングも制作しますよ。でも、ドローイングをたくさん描くのには理由があって、昔の僕のスタジオはとても小さくてスケッチブックでしか描くことが出来なかったんです。スタジオが大きくなればなるほど、もっと大きな素材を作品に使うようになった。
彫刻やペインティングも作り始めましたが、でもやっぱりほとんどの作品はドローイングです。
技術やスタイルに関して言えば、私のそれは間違いなく他の作家さんからのものを意図的に組み合わせていると思います。フランドル派や中世の作品など、様々な要素をつなげているのです。
ウィリアム・デ・クーニングの「スタイルとは、自分自身の不安と向き合うことを怠った結果生まれるものである」という言葉が好きで、実にその通りであると思っています。実際スタイルとは何なのかよくわからないですし。無意識のうちにいろいろな文化から影響を受けている、ということを理解するのが重要だと思います。美術史に対してアイロニカルになっているわけではなく、私たちは未だに過去と対話を重ねていると言いたいのです。抽象表現主義と印象派の作品は、実はすごく似ている所があったりするけど、もちろんそれぞれのスタイルを持っていますよね。

——— あらゆることに興味を持って、作品を制作していらっしゃるんですね。あなたの作品の中で、物語的な作品だけを好む人もいれば、科学的な印象の作品の方を好む人もいる。でもあなたはたくさんのモチーフを題材にできる。*5 *6

カイヴァーノ そう。例えば、この作品のこの部分をこのスケールで見ると、この別の作品をこのスケールで見た時と大して変化がない。でも全体的な作品は完全に違うものなのです。 私の考えとしては、スケールは時間そのものと深い関係があります。樹のスケールは私たちのスケールよりも大きい。けれど、もしも私たちの肌の質感を樹のスケールで拡大して見ると、実は樹とそっくりかもしれない。大きく見たり小さく見たりすることで、多くのものを見つけることができますよ。

interview September, 2009

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
  • Photo / Kei Okano:installation view
  • Ikuhiro Watanabe :works
  • Tomio Koyama Gallery :translation
Exhibition Data
エルネスト・カイヴァーノ 展 彼女が枝にあたえる影響(関係のトポグラフィー)
2009.09.05 - 10.03
TKG Contemporary:小山登美夫ギャラリー東京 6F
  • インタビュー 参照画像