Artist Interviews

デイヴィッド・ラトクリフ インタビュー  2010年

デイヴィッド・ラトクリフ アーティストトーク 2010 installation view at Tomio Koyama Gallery Kyoto, 2010

► このインタビューは、オープニング(3月19日)当日、ギャラリーで行われたアーティスト・トークの模様を編集したものです。

——— 小山登美夫ギャラリーでは、東京(2007年)に続き2度目の個展ですね。

ラトクリフ まずプロセスについて説明しようと思います。インターネットから色々な写真を集めてきて、コンピューターでコラージュを作り、紙にプリントアウトして、ナイフで切り抜いた後でキャンバスに貼り、スプレーしています。この作品のキャンバスは元々黒だったから、黒の部分は全部、紙をそこに貼っていたことになります。 *1 準備は、作品によって違いますがだいたい一ヶ月くらいかかります。スプレーは20分くらい。2004、05、06年はほとんどこのような作品を作っていました。2006年か07年頃には、もっと違う感じの作り方になりました。それで、初めて「SecondPainting」という作品を作りました。

——— 「Second Painting」というシリーズは、制作のために用意したステンシル(型紙)を一度使い、摩耗したものををもう一度キャンバスに置いて、二度目のスプレーをかけて描くというものです。今展示してあるものの中では、2点が〈Second Painting〉ですね。 *2 *3

ラトクリフ この「Second Painting」*2 は、この作品 *1 の後に作っています。人の姿と車が見えます。この2点はある部分は似ているから、関係が分かりやすいですが、たまにぜんぜん違うものも作っています。

——— 「First Painting」の方は、単色というか、例えばブラックアンドホワイトだったりしますが、「Second Painting」になると色が増えますね。

ラトクリフ 増えます。

——— それはなぜですか?

ラトクリフ もともとは、一つの色しか使っていませんでした。たとえば中国や日本の伝統的な絵がヨーロッパの絵と違うのは、深いスペースがない。それと似た部分があるのですが、「First Painting」にはポジティブとネガティブが見ながら逆になるようなところがあります。

——— つまりヨーロッパの絵画のような奥行きがなくて、フラットで、どちらが手前でどちらが奥かが分からなくなる、ということですか?

ラトクリフ 手前と奥だけではなくて、どちらが姿でどちらが背景というか…、つまりポジとネガのようなものです。西洋の絵画には奥行きが深いスペース感がありますけれど、それに比べると中国や日本の伝統的な絵画というのは、平面的で、ポジティブとネガティブがあるようなスペースの作り方をしています。もし二色だけだったら、平等なペースで白と黒を見る。しかし、ピンクとか赤のような他の色があると、白は白、他の色は他の色という様に、スペースを分けて見ます。
つまり、もし二色だったら、どちらが手前でどちらが背景なのかというのは気にせずに、同じレベルのものとして見ることができますね。例えばある部分にものがあると、白いところが背景なのか、あるいはそれがもので黒い方が背景なのか、それは別に決まっていない。ですので白黒二色の場合は、見るときの目の運動が、行ったり来たり、自由です。しかし二色以上の色があるときは、自由に行ったり来たりする目の運動が、出来にくくなります。「FirstPainting」は、二つの色だけを使って、視覚的経験として自由に行き来できるようにしています。この視覚的経験というものが、私の作品にとってすごく重要なキーワードになっています。

また、このイメージを構成するときは、コンピューター上でやっていますので、コントロールが要ります。私の制作のプロセスは、最初はコントロールを持ってやっていて、それがどんどん減っていくようになっています。制作の最後の方になると、ステンシルを置いてスプレーをしますが、やっていくうちに紙が勝手に取れてその部分が白くなったり、ゆるんでそこに色が入り込んだりという様に、予期していないことが起こります。つまりコントロールがどんどん少なくなっていきます。
「SecondPainting」は、そのコントロールをどんどん失っていくプロセスの最終点です。ダメージを受けたようなイメージになっています。 *2
こちらも「Second Painting」で、一度使ったステンシルを再利用して制作しているものですが *3 、これに関しては、最初に作ったほうとぜんぜん似ていません。使う形には色んなものがあります。例えば紙のきれなども使うことができます。
「First Painting」のほうはコンピューターを使うことがメインなので、色んなことがコントロールでできますが、「Second Painting」になると物理的な紙を使うので、より原始的な手法になります。形をたくさん持っていて、それを一個ずつ置いていく感じです。「First Painting」の方は、より写真的です。制作をするときに、全て写真のイメージを使っています。元々使っているのは、写真的な特定のあるものの形ですが、結局、作品として現れるのは、写真的には見えないようになっています。

このシリーズが終わったあとに、去年から新しく始めたのが、このシリーズです *4 *5 。Second Paintingを作ってから、インスピレーションを得たのですが、この紙のシリーズは、firstとsecondの違いがありません。今私のアトリエには、これまで何年も使ってきた紙の切れ端とかが箱にいっぱいためてあります。気に入っている形のものもあるし、ただランダムなキャンバスの切れ端や、紙の切れ端など、その辺にあるものを使ったりもします。

——— このシリーズは、地の紙はシルバーの紙ですか?

ラトクリフ そうです。

——— シルバーの紙を選んだ理由はありますか?

ラトクリフ 理由は別に無かった。単に見た目が好きでした。

——— 制作するときに大事にしていることはありますか?

ラトクリフ 制作に一ヶ月くらいかかるから、プロセス的には色んな大事なことがありますが、大事とは、例えばどういうことですか?

——— 作品を作るために、リサーチをするとか?

ラトクリフ ないですね。毎日やっていることですから、続けるだけです。

——— 続ける中で、制作中に新しい発見はありますか?

ラトクリフ そのプロセスはありますね。以前は、はっきりした性格のある記号でイメージをインターネットで探していたんですが、最近は、キーワードなしでイメージが自分に近づいて来て、自分が考えられなかったものがどんどん作れます。
僕は、作品を作っているときは、その作品をはっきり分かっていません。後で分かるようになってくる。作っているときにはっきり分かっていたら、前に行けない感じがしています。以前作ったような作品は、作ろうとは思いません。

——— 次はこんなことをしてみたいというのは、ありますか?

ラトクリフ いつも、プロセス的には色んなアイデアがあるけど、作りながら続けます。

——— 「Second Painting」は、グラフィティ、落書きによく似ていますよね。どのくらいそれを意識しているのですか?

ラトクリフ 以前のコラージュ作品は、仰られたようなパンクっぽい雰囲気とか、グラフィティっぽいものをちょっと意識していたこともありました。80年代っぽいコラージュのスタイル、南カリフォルニアの文化のような感じです。
「Second Painting」を制作する前の作品はそういうテイスト、ストリートカルチャー的なものとの親和性が感じられると思います。最近よくあるグラフィティのスタイルで、つながっている文字、複雑な文字を使っているものを見るのは好きですけど、別にそれを制作に反映させるということはありません。確かにコラージュとスプレーペイントを使っていることで、ストリートカルチャーと似ているというのはあるし、それは制作の一部でもあります。よくある壁のグラフィティでは、自然に壊れてきたり、汚くなってきたりというのがありますが、そういう感じが、特にSecond Paintingと似ているというのはありますね。

——— Second Paintingの方は、戦争とか暴力とか、少し怖いイメージを持ったんですが、そういうことは、何か意識していますか? 戦争もそうですけど、今の社会や経済状況なんかは意識していますか?

ラトクリフ 日本に住んでいるとあまり感じないかもしれないですが、暴力とか戦争は世界中で起こっていることですし、社会全体に苦労や大変なことがたくさんあると思います。ドイツの30年代、ジョン・ハートフィールドという作家がコラージュを始めた一人だと思いますが、コラージュ自体、また制作の上でそれをカットしていくというのは、ある意味暴力的な行為でもあります。
一方でペインティングの場合、例えばエリザベス・ぺイトンのポートレートは、描いている人に対してすごく尊敬を持っている作品になっています。コラージュ自体、人に対して暴力的な制作方法ですので、特にイメージを自分で検索しているときに、人を使いたいなと思っても、特に新聞や雑誌の死亡記事のポートレートは使いません。例えばランダムに出て来た人の顔で、これを使ってみたいなと思い、それがどこから出ている写真なのかということをさらに検索して、もしそれが死亡記事などから出ているイメージだったら、使いません。
結果的に私の作品は、暴力的な感じを受けるようなものですが、元々使っているソースの画像それ自体は暴力的なものは使わないようにしています。なぜかというと社会の中に暴力がある現実を認識しているので、それをそのままソースとして使うということは控えるようにしているからです。

デイヴィッド・ラトクリフ interview March, 2010

  • Interview by Tomio Koyama Gallery
Exhibition Data
デイヴィッド・ラトクリフ 展 
2010.03.19 - 05.01
小山登美夫ギャラリー京都
  • インタビュー 参照画像

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