「賭けてもいい、僕が今すぐ始めたら、
3,4年でベネツィア・ビエンナーレに出てみせるよ」

このインスタレーションについても話しましょう。

私はトミオと話していて、京都ではなく東京で展示をしようと決めた時、このインスタレーションを作ることを思いつきました。ここにはもう一つ部屋が、小さな部屋があると聞いて、ではこのような展示をしたいと言ったら、彼はやろうやろうと言ってくれました。
2007年に、ニューヨークのジェームス・コーハン・ギャラリーで行った展示でも、ギャラリーに入るとまずレセプションがあって部屋があって、(マンフレディ左のインスタレーションの部屋を指す)それからここよりもう少し長い部屋があった。最初の部屋は、まさにこのインスタレーションの部屋のような感じだったのです。だから図面を見た時、すぐに同じような展示ができると思った。その時既に展示タイトルを「置き直された風景」と決めていたから、なにか散らかったようなインスタレーションにしようと思ったんです。

 Manfredi Beninati installation view at Tomio Koyama Gallery, 2009

installation view Rearranging the Landscapes Around  at Tomio Koyama Gallery, 2009 © Manfredi Beninati 

確かに、中にはたくさんの風景が同時に配置されているかのようですね。

ええ、でも自分で自分の風景を作ってもいいんですよ、バカなことを試したけりゃ!……いや、冗談です。

このようなインスタレーションと、このようなペインティングやドローイングをなぜ結びつけるようになったのですか?

2005年、第51回ヴェネツイア・ビエンナーレのときに、賞をもらって、20,000ユーロくらい賞金をくれたんです。その時、それで大きい絵を作る代わりに、インスタレーションを作りたいと思った。(ヴェネチアの展示の)これらは皆グラスファイバーでできている、フェイクの宮殿なんです。

Installation at the Italian Pavillion, 51st Venice Biennale, 2005

Installation at the Italian Pavillion, 51st Venice Biennale, 2005
© Manfredi Beninati

全部フェイク?

そう。これはイタリアのハリウッドみたいな、ローマにあるチネチッタで作りました。ローマで作ってヴェネツイアへ運んで、もちろん滞在中さらに手を加えました。

ではこれがあなたの最初のインスタレーション作品ですか?

そうです。これは観客賞も受賞して。だからたくさんの人に、インスタレーションを作ってと頼まれます。それ以来10は作ったかな。
今年ローマで作ったのは(Quadriennale di Roma)、そうこれこれ、このときは光についての展示でした。ドアとは反対側に、3面ともに窓があって、私たちは人工的な光をそこにセットしたんです。膨大な足場を組んでね、窓からさも自然光が差しては消えるように。これも全部フェイク。にせものの朝が来て、昼、夕方、たそがれが来る。光は定期的に変化し、色も変わります−−朝は青白く、夜は赤みを帯びる。そして部屋の中を移動していきます。(資料をみて)あ、これはドローイングがあるはずだね、ドローイングを見た?

まだです。

『Flavio e Palermo』というドローイングがあって、それは3年前に亡くなった弟を描いたものなんだ、このインスタレーション(Quadriennale di Roma)の基になっています。

Installations / Quadriennale di Roma, Palazzo delle Esposizioni, 2008  [Flavio e Palermo], pencil + gesso on paper on board, 2004 Manfredi Beninati

Installations / Quadriennale di Roma, Palazzo delle Esposizioni, 2008   "Flavio e Palermo", pencil + gesso on paper on board, 2004 © Manfredi Beninati

私たちが(インスタレーションのための)家具やら何やら集めている間・・・

僕になにかアイデアがあったかって?いいえ、ですね!

ええ、無かったような…

大体の案はあったんだよ。あとはあなたがたの働きを信じていますから。あなたがたが僕に渡してくれたものに関しては、なんでも協力してやってもらわないと!

これは、私たちの生活のイメージですか?

いえ。必ずしもそうである必要はないんです。これは皆さんの国について私が考えていること以上の、何かなんです。和の雰囲気にしようとは決めてたけど、予算があまりなかったからね。今見ると、このコーナーの所なんかはとても日本的かな。

 Manfredi Beninati installation view at Tomio Koyama Gallery, 2009

installation view from Rearranging the Landscapes Around  at Tomio Koyama Gallery, 2009  © Manfredi Beninati 

 Manfredi Beninati installation view at Tomio Koyama Gallery, 2009

installation view from Rearranging the Landscapes Around  at Tomio Koyama Gallery, 2009  © Manfredi Beninati

このすだれが、日本的な効果を出していますね。

そう、中をのぞけて。

あなたは映画監督たちと仕事をしていらっしゃいましたね。

ええ。すごく昔のことです、私が19歳から21になるまででした。いくつかの映画に関わり、映画について勉強し、多くのことを語りました。そのあと5、6年は何もしていなくて。ある日、弟と当時のガールフレンドと一緒に、ニューヨークで会ったんです。そこで他のアーティストのスタジオをいくつか回りました。
そしたら皆、くだらないもの作っててね。弟が言いました、「マンフレディ、君はドローイングが上手いじゃないか。君もこれをやったらいいよ。」 私は「ああ、いつかね」と答えました。するとガールフレンドが、「いいえ、あなたがやるはずないわ」と言ったので、私はこう言ったんです。「賭けてもいい、僕が今すぐ始めたら、3、4年でベネツィア・ビエンナーレに出てみせるよ」と。
その頃、私が知っている現代アートのことと言ったら、ヴェネツイア・ビエンナーレくらいでした。それが2000年のことで、そのあと私はロンドンに戻って制作を始めた。2003年に最初の個展を開き、2005年にヴェネツイアに出展したから−−賭けに勝ったわけです。

映画監督とのお仕事の経験から影響を受けられているでしょうね?あなたの作品は映画のセットを彷彿とさせますから。

映画は私の世界、本当のパッションなんです。

Manfredi Beninati

Manfredi Beninati

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