
Interview/ Tomio Koyama Gallery photo / installation view : Kei Okano
installation view from at Tomio Koyama Gallery, 2008 © Satoshi Hirose
個々に存在する作品が、どこかで関わっている。
それらが一つの庭として成立しているイメージ。
ナポリの展示では部屋が3つあったので、各部屋ごとに作品を置きました。みかんの部屋、大理石の部屋、そして苔の庭っていうのをやったんです。だから今回の展示とはちょっと違いますね。今回は、展示空間が思っていたよりも狭くって、ペインティング《Untitled》(豆のコスモロジー 2008)も最初は9mの絵を構想していたんですよ(笑)。でも、2m50cmにしました。

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L to R:installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008、《Untitled》(豆のコスモロジー detail), 2008 pigment, beans, resin, wax 250.0 x 250.0 cm © Satoshi Hirose

installation view from Microcosm at Umberto Di Marino Arte Contemporanea, 2008
© Satoshi Hirose

installation view from Microcosm at Umberto Di Marino Arte Contemporanea, 2008
© Satoshi Hirose
各々の作品は別々に存在するものの、どこかで関わっている。そしてそれらが一つの庭として成立している。そんなイメージでつくりました。
今回の展示のタイトルにもなっているプラーツの『官能の庭』という本の内容は、全く関係のないと思われるものを勝手に結びつけて、これは同じだとか、全く反対のものを一緒にしてしまって面白い、とか。そういう本なんです。
だから今回の僕のコンセプトにぴったり合っています。それに「官能」という言葉がいいじゃないですか。あの彫刻(《testicle / clitors》)の大理石もちょっとエロチックでしょう。・・・・・・なんかちょっと撫でたくなりませんか(笑)。
また、田舎のほうで豆といえば隠語で、ある地方ではクリトリス、ある地方では睾丸という意味があるんです。 その両義的な豆の存在がおもしろいでしょう。
きっかけは、イタリアの豆のスープを飲み、感動したことでした。大袈裟かもしれないですけれど、何が僕にとって本当に面白かったかといえば、貧しい食材なのに,滋味深い味わいは豊、つまり「貧しいのに豊か」ということ。すごいな、豆を是非使いたいな、と思ったんです。《Beans Cosmos》(2002)では高価な金と安価な豆で我々の宇宙の縮図をつくりました。
もうひとつの展示室(gallery2)の《testicle / clitors》は《Beans Cosmos》を発展させたものです。今回の展示ではさらに発展していき、初めて豆で絵を描くことにしました。それがこの《Untitled 》( 豆のコスモロジー) シリーズです。豆は小さいけれども、遠くから見ると、universe = 宇宙的にも見えます。こうやって見ていただくと石ころのようにも見えるし。絵はあんまりこうやって見ないかもしれないけれど、これはモノ、物質だから。
それと豆の素材自体がイメージとしては「貧しいもの」。ちょっとの量でもお腹が膨れる、というのは貧乏人にとって大事じゃないですか。昔は、イタリアの一般の庶民はたまにしかお肉を食べられなかったらしいから・・・・・・戦後まで。
ヴァンジ美術館(2006年『空にふれるまでのあいだ』)では、《オレンジの樹の家》(2006)を展示しました。ただ今回の展示では、色々な問題が発生して、発想を変えることにしました。ナポリで発表したガラスの壁の作品は、ガラスの自重だけで成立していたんです。だからどこかのバランスが崩れると負担がかかってガラスが割れてしまい、作品として存在できないんですよ。床が水平じゃないと存在できないから、水平の台をつくるしか解決方法がありませんでした。そうすると作品のコンセプトとイメージが全く変わってしまうので、全く発想を変えてみました。
緊張感の関係性や存在の危うさで作品が成立する方向ではなく、実体があるものそのもとして、継続していくプロセスとして、この《il giardino dei sensi》をつくろうと思いました。台座部分をこれからちょっとずつ彫っていくプロセスを見せてこうかと。台座部分を下に彫っていくのは、根っこを掘っていくという感じ。イメージとしては、根っこを彫刻していく。今回はオレンジの家ではないけれども、匂いの意味に関しては、見るだけではなくて匂いも加わるということで感性豊かに見られると思うんです。

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《 il giardino dei sensi 》, 2008 wood, clay and orange tree h.247.0 x w.80.0 x d.80.0 cm © Satoshi Hirose installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008、《オレンジの樹の家》, 2006 installation view at The Vangi Sculpture Garden Museum, 2006
エレベーターを上がって来る時にオレンジの匂いがしていて、展示空間に入ったらパッとオレンジが見えるのっていいな。そう思ったんです。また、ギャラリーのスタッフと相談して、正面に置かないほうが良いね、ということになりました。
お客さんが来て、「え?こういうのって見たことがないな」っていうふうになればいいな。
みかんは豆といっしょで、ひとつの分子として世界に拡散していくイメージ。匂いも同じように境界を自由に越えて、飛び出していってしまうものですよね。このみかんの匂いもギャラリーの外へ飛び出すことで、僕のコンセプトとともに限りなく広がっていってほしい。

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L to R:"Vertumnus", 2008 Marble bianco carrara(カラーラ地方の白の大理石) h.13.0 x w.100.0 x d.80.0 cm、Vertumnus(detail), 2008、"Vertumnus", 2008 Absolute Black stone(黒石) h.13.0 x w.120.0 x d.100.0 cm、Vertumnus(detail), 2008 © Satoshi Hirose
この作品は、ローマ神話に登場する、ウェルトゥムヌスという移動・旅・変化を司る神がタイトルになっています。水や空気は常に変化しますよね。実際にこの作品もいまここで花と水が微かに動いているでしょう。空気が常に動いているからなんです。空気の変化は肌で知覚しやすいけど、視覚で感じることは以外と難しいんですよ。 水と花を媒介することで空気の動きを視覚で感じることができるんです。
この作品では、花、水、空気、大理石の間の絶妙な関係が成立することで、見えない世界が見えてきたり、見えにくい関係性によって、はじめて彫刻として存在することができるんです。大理石がないと水がたまらないし、水がないと花は生きられない、大理石がきっちり水平でないと水がこぼれるとか、何かがが一つ欠けるだけで成立できないようなギリギリの緊張関係。大理石の作品と豆の絵画が対になっていて、ネガ − ポジの関係にあります。絵画がネガ、大理石の作品がポジ。豆と花が星、地は黒と白で反転しています。でも共に一つのコスモロジーを奏でています。
大理石の形は楕円。楕円は不完全の象徴で、バロック様式において好んで用いられました。対し、正円が完全性の象徴としてルネッサンス様式でつかわれていました。僕は不完全なバロックのほうに興味があって、というのも、バロックと日本の空間に、不完全性の美学としての共通性を見いだしているんです。これは僕の勝手な解釈なんですけど。 僕の立ち位置というのが文化と文化の間にあるので、今回はバロックと日本の文化における不完全の美学を無理矢理引き合わせてみたんです。
この作品はとても重いんだけど、わざと5cmぐらい底上げしています。浮いているように、軽く見えるように。楕円というのは不思議で、真横から見ると円にも見えるんです。そういう楕円のアンビバレントな感じが好きですね。豆は両義的な存在で、文化と文化の間に生きる僕の立ち位置を象徴しているもので、僕の分身です。
展示空間ではたいてい、全ての要素が壁や床から「出っぱって」いますよね。反対のことがしたくて、この作品だけ引っ込めてみました。ささやかな、おまけ。《Puneuma》は蝋で固めた作品で、中には豆が入っています。ミラノにあるチョコレート屋さんの箱を使っているんですよ。普段の生活の中から生まれてきている、ということを表現したくて、その箱に敢えて入れています。お菓子みたいでしょう。
展覧会では凹ませるということがほとんどありませんよね。全てがプラスの要素で。遊びです。ちょっとはimperfectな部分がないと。

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《Puneuma》, 2008 wax, beans, paper box h.8.5 x w.15.0 x d.5.0 cm © Satoshi Hirose installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008、《Untitled, 2008》, 2008 pigment, wax, beans on Japanese paper 67.0 x 97.0 cm (each / 2pieces) installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008
2点セットです。こちらのベースの色に顔料系のアクリルを使っています。そして対になっているもう一方のベースが染料系のインクがなんですね。10年後、20年後になると染料系のインクのほうは、徐々に退色が進みます。全く消えるというわけではありませんが、微妙に色が退色します。顔料系のアクリルのほうは、退色がかなり遅いはずなんです。
普通は作品をいかに残していくかということに一所懸命になるでしょう。展示の照明を制限する、とか。でもそういったことに関係なく、それでも購入してもらう。変化するプロセスをこのドローイングを共有してもらい楽しむ。これはコンセプチュアルなドローイングで、時間は進行方向だけではなく、過去へ行ったりもする。あまりこういう抽象的なことは言わないほうがいいのかな・・・・・・(笑)。
畳んであった旗を広げた感じみたいでしょう。ポータブルであることのしるしです。持ち運び自由。好きな時に好きな場所で広げて展示する。自己満足だからこんなことを言ってもマニアック過ぎるかもしれないんだけど。ポータブルというこだわりで、わざわざこの作品は手で持って来たんです。(笑)
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