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L to R:installation view from il giardino dei sensi at Tomio Koyama Gallery, 2008 © Satoshi Hirose
「貧しいのに豊か」ということにポエジーを感じるんです
ドローイングは手を動かす作業で、思考をダイレクトに表現できる手段と捉えています。描かれているイメージは、ミクロ的な世界や分子をイメージしました。
ええ、見えるかもしれません。植物の胞子、元素、分子。そういったものが大きくなってオレンジの玉になったり豆の玉になったり。全部丸という共通要素がありますね。だからこそ、これをミクロの世界だと僕が決定したくはないんです。マクロにも見える。それが豆なんです。両義的な空間をイメージしてドローイングしました。

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《Untitled》, 2008 pigment, beans, resin, wax 72.0 x 72.0 cm © Satoshi Hirose installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008、《地球はオレンジの実のように青い》, 2006 © Satoshi Hirose installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008
手をダイレクトに動かすという作業も重要です。コンセプチュアルな作業に偏るとバランスをくずしてやばいんですよね。 コンセプチュアルな作業をすると手をダイレクトに動かす欲求がつよくなります。それでバランスが取れるんではないでしょうか。
その中から感覚的に生まれて来るものもあるし、ダイレクトに描いていると制御されたものではい違うものが、どんどん出来ていってしまう面白さがあります。
そうですね。
この写真(《地球はオレンジの実のように青い》)はヴァンジ美術館での展示に際してつくったものですね。ポール・エリュアールという詩人が詠んだ詩があって、すごく気に入っています。「オレンジの実は地球のように青い。」当時、誰も地球を見たことがなかったんですけど、詩人だけは想像だけで地球が青いってわかっていた。それがいい。
ダリの友人でその頃に生きたシュールレアリストの詩。豆にしてもそうですが、「貧しいのに豊か」というあたりにポエジーを感じるんです。なんかいいですよね。

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《testicle / clitors》, 2008 beans, plexigras h.290.0 x w.40.0 x d.70.0 cm ©Satoshi Hirose installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008
今回は大理石も使っています。なんかこの石、すごくエロティックだよね。
トータルの重さが350kgもあるけれど、それを感じさせない軽やかさを出したかったんです。床を白くしてもらって浮遊感を出しました。
最近また石にはまりつつあって。石ってやっぱり面白いんですよ。そもそも、こういうエロティクないい石を探すのも大変で。業界用語で石を探すことを石を釣るって言うらしいです。なかなか良い石が釣れないらしいです。
近くにはなくて。カラーラとかの石切り場や石屋さんまで行って、石の目を見て、どの部分を切ってほしいか言うんです。
すみません、また食の話になってしまって。ヒレ肉なのか、バラ肉なのか。どこを切り取るかそういう問題になってしまいますよね。
全部で10種類の豆がアクリルの中に封印してあります。
イタリアで食材として使われている豆です。アクリルに封印する際に熱が発生して、その際に弱冠色が変わるんです。
これはわざとですね。これも不完全さの象徴にしたかったんです。“imperfect”という言葉が好きで。日本ではお茶碗もそうですよね。歪んでいるところにその良さがありますよね。あれが大好き。イタリアにも先程話しに出たバロック的なそういう世界感がありますけど。どこかで微妙にバランスを崩さなければ、という造形的感覚が働くんですよね。
そう。とにかく不完全に。
イタリアでの先生がルチアーノ・ファブロというアルテ・ポーヴェラの巨匠だったので、ずいぶんと勉強させてもらいました。それからルチアーノ・ファブロの友人の長沢英俊先生からも。しいて言えば、ポエティクなものの世界の捉え方とか、自分と世界との関わり方とか、作品を創造して行く上での根っ子の部分。だからあの頃のアルテ・ポーヴェラの作家やコンセプチュアルなアートの動きなどのように源がしっかりしたアートを見ると今でもしびれますね。
ガブリエル・オロスコとか影響受けてるアーティストはたくさんいますよね。そもそもアルテ・ポーヴェラの発想方法自体が従来の西洋美術的ではなく、東洋的だったりするんだよね。そういう意味でもの派にも通じます。僕がやっていることってそんなに変わっていなくて、今までやって来たことがちょっとずつ見えてくるようにしています。
根っ子の部分をきちんと据えて、今の時代精神の中でリアルな表現して行くということ。すごく時間はかかるけれど、仕方がないよね、それって作家によっても違うから。豆みたいな作品をずっとやってきて、継続的に見ていただける方に徐々に伝わってきているんじゃないかと思っています。。
そう言えば、初めて小山登美夫ギャラリーで個展をした時(2000年『day, day, day...』)も、遠くから見たら食物、料理の写真だけれど、近づくと・・・・・・という作品(《Milky Way》もあったし、香りを使ったり、感覚的要素が作品の重要な要素の一つとなるような作品を制作しています。
視覚世界が圧倒的な優位な西洋の美術史を知ると、逆に感覚的要素がいかに大事だということがわかった気がします。バランスをとりつつ、ますます感覚的要素は重要になるんじゃないでしょうか。そういう部分で勝負しているってのもありますね。今回の展示はイメージ通りに出来ました! いろいろありがとうございました。
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