
installation view from at Tomio Koyama Gallery, 2008 © Michael van Ofen
作品を正しい形にするには一発のラッキー・パンチが必要。
ある瞬間、たった一発のラッキー・パンチが打てたりする。
作品の話をするのは大変だね(笑)。
モチーフを繰り返すことはよくあります。初めてビスマルクを描いたのは2004年。つい最近になって、抑制された人物像・肖像、でも想像上にしか存在しない−−、というような発想でまた描き始めました。
いいえ、特には。2004年に初めて描いた時には、19世紀ミュンヘンの画家フランツ・フォン・レンバッハが描いたビスマルクの肖像画を参考にしました。
ウェブサイトにあったかもしれないね。白襟の頭部像なんだけど。
ええ。初めに参照したのは、あのフランツ・フォン・レンバッハの作品です。
まじめな話、百回以上筆を重ねています。これ、決して冗談ではありません・・・ひどい状況でした。 まず頭部から描き始めたんですが、この頭部が曲者で、百回は描き直しました。頭部は重要です、頭部にあわせて二つの手を描きますから。
はい、容易な作業ではないんです。過度に暗すぎてもいけないし、突飛すぎていてもいけない・・・たくさんの落とし穴があるんですよ。しっくりくるまでやらなきゃならない。
ええ、もちろん決めています。
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L to R:"Bismarck", 2008 oil on canvas, 53.0 x 47.0cm、"Untitled", 2008 oil on canvas 52.0 x 48.0cm、"Green Officer", 2008 oil on canvas 48.0 x 52.0、"Untitled", 2008 oil on canvas 48.0 x 52.0cm © Michael van Ofen
麦わら帽子や顔の位置は、美術史上の作品、即ち19世紀ウィーンの画家フリードリッヒ・フォン・アメルリングの作品からヒントを得ました。とはいっても、アメルリングの作品と私の作品は似ているというだけであって、全く同じというわけではありません。彼の作品では違う色が使われています。
ええ、その通りです。美術史上から多くのヒントを得ているんです。
現時点では描きませんね。肖像画 についてよく語るものですから、それが一種の仕事のようになってすらいるのですが、コレクターがやって来て発注するということは、決してありません。これまで肖像画は色を反転させて描いてきました。つまり、通常の色彩の反対です。ただこういった人物像もまた、想像上にしか存在しない人間なのです。こうして生まれる作品をお客さんやクライアントにオファーすることはできるでしょうが、子供や家族の肖像となると、絶対にそんなことにはならないんです。
多かれ少なかれ、そうです。この作品はあなたにとって非常に遠く感じられる作品だと思います。私がこの作品をあなたに見せたとしても、そこに関連性を見いだすことはほぼないといえるでしょう。
だからこそこの作品は異なる方向性へと展開していくことができるのです。物語の元となるようなものもありません。どういう効果があり、どうすべきかが、私にはわかるイメージなのです。
純粋なる想像です。

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008
はい。厳密にいえば、あなたに見えるもの、というほうが正しいです。あなたがうさぎだと思うのならば、あれはうさぎです。私は何も口出ししません。
うんうん。
視点が自ずと想像し、意味せずにはいられないものであれば、それでいいんです。私がコントロールできるものではありませんから。連想や言外の意味、想像の余地はいっぱいあります。あなたにうさぎと見えるなら、仕方ない、うさぎでいいんです。
ビスマルクのペインティングという着想を得、頭部の表現にもがき苦しむ。これってボクシングみたいなものなんです。
へなちょこボクサーがいて、強いボクサーに勝てないとする。でももし彼が一発のラッキー・パンチを食らわすことができたら! 技術的にみても実力でいうとチャンスなんてありっこないんだけど、でも弱者が一発ラッキー・パンチを繰り出すってことは起こり得る。こういうことが筆致(筆のストローク)でもあり得るんです。作品を正しい形にするには一発のラッキー・パンチが必要。ある瞬間、たった一発なんだけど、ラッキー・パンチが打てたりする。
今この瞬間から、自分は敗者の運命にあるようなものです。描き始めるときはいつも「 あぁ、どうしよう。無理無理。一体何を描けば?」と思っています。でも諦めない、ラッキー・パンチをひたすら待つ。何か良い事が起こるまで。
もちろん時には、待てども待てども良い事なんて起こらなくて、ペインティングを壊してしまう時だってあります。問題はキャンバスに色をのせればのせる程、グレーでぼやけていってしまうこと。ある所まで来たら、そこで終わりにして初めからやり直さなければなりません。ただしその決断を急いで出してはいけません。少なくともラウンド5までは、ラッキー・パンチを待つんです。
当初の着想は、程度の差こそあれ悪いペインティング、19世紀美術の中でも悪い作品を元に制作しよう、というものでした。
1993〜4年あたりにこういったことを試み、思ったんです、よし、じゃあこれら美術史上のペインティングのどこがそんなに駄目なんだろうって、見極めることにしたのです。
詳細に描き込み過ぎている場合もあれば、カラフル過ぎる場合もある。でも自分の手でそういう作品を良いペインティングに変えることも出来るし、もうちょっと落ち着いた色彩にすることも出来る。ミニマルに抑制することだって出来る。
喩えるなら、ゴテゴテに装飾された部屋に座っていても、照明が落ちると、それはまるで黄昏のようで、情報量が減っていくことに気づく。そんな感じかな。
黄昏時に散歩していると、心動かされます。
身体に訴えてくるんだよね。

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 右の写真・L to R:"Spitzweg", 2005 oil on canvas 47.0 x 43.0cm、"Order", 2008 oil on canvas 74.0 x 66.0cm © Michael van Ofen

"The Poor Poet", 1839(ノイエピナコテーク / ミュンヘン、ドイツ)
© Carl Spitzweg

"Ein Besuch", 1855
© Carl Spitzweg
詩人?
ええっと・・・(*ギャラリーが資料で用意したカール・シュピッツヴェークの有名な絵画を指し)このペインティングが「貧しい詩人」と呼ばれていると記憶しています。ちょっと自信がないんですが。
はい、シュピッツヴェークの"Ein Besuch"という作品をインターネット上で見つけたんです。陰鬱で、全体が黄色っぽい感じで・・・・・・空が見え、風景画のそばに老人が座っていて、とてもキッチュな作品です。シュピッツヴェークは非常に優れた画家だと思いますが、ちょっと馬鹿げていて、キッチュ過ぎる感もあります。
ちょっとロマンチックでちょっとコミカル、とてもおもしろいです。
好きかどうか?そうですね、美術館に行けば好きですね。だけど、全てのアーティストが好きなんです。特に好きなのはバロック期スペイン、ドイツの画家です。
バロック期はペインティングの黄金期だったんじゃないでしょうか。フランス・ハルス、フェルメール、スペインではベラスケス・・・。
彼は寡作な作家だったから、大規模な展覧会は無理では・・・(笑)30点程しか作品が遺っていないように思います。
デンハーグでだったか、フェルメール初期の作品を集めた大きな展覧会をみました。彼の初期のペインティングをみれば、彼がそこまで才能に恵まれた画家ではなかったことがわかります。しかし彼の素材をもって、ペインティングの優れた構造のあり方が見いだされたのです。彼もまた、ラッキー・パンチが打てるまで諦めなかった人だったのではないでしょうか。
ミヒャエル・ファン・オーフェン:Michael van Ofen
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ミヒャエル・ファン・オーフェン:Michael van Ofen