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Tal R : タル・アール

ARTIST   INTERVIEW2

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2007
© Tal R

美術は肉体的に話すための母国語

彫刻のことについてお聞きします。彫刻作品は、ペインティングと同時進行で創られたのでしょうか?

Tal R

installation view at Tomio Koyama Gallery, 2007
© Tal R

はい、同時期に。スタジオに居るときは、たくさんのいろんなプロジェクトに同時にとりかかっているので、1つのプロジェクトが3カ月かかることもありますし、2年かかることもあります。それで同時にこれらの彫刻作品を創ったとき、ペインティングと一緒に展示したら良いかと思いました。
これらの彫刻作品は、完全に抽象的なものと、とても具体的であるものとの間に存在していると思います。そしてまた、フロイトの言語も示してもいます。しかしそれを理解するかどうかはあなた次第です。あなたの選択で、見るか見ないかを決められるし、僕は一度も性的なことを指摘したりはしません。ただ、棒と、球体と呼ぶだけです。

しかし観客はどうにでも理解して良いのです。例えばおとぎ話を読むとき、常に獣と、暗い森、王子と王女の話と読めます。しかしもっと性的な背景を含めて読むこともできる。それはあなたが何を求めているかによります。どう読みたいかに。
これらの彫刻作品はわりとミニマルです。美術史上では、ミニマリズムは、きれいで上品、清潔なものと考えられています。しかし僕はミニマリズムに、もっと汚い方法で働きかけてみました。こういうふうに("Gate"を指差しながら)、たくさんの間違いがあって、まるでアーティストが嫌な1日を過ごしたように見えますね。僕は汚さとミニマリズムとを混ぜて創りたかった。普通は、不潔なものとミニマルなものは対極にあります。
たとえば誰かが、とてもヘビーメタルが、デスメタルが好きだったとして、それはなんでいつも決まって黒い長い髪の人で、反対におとなしそうな格好をした人は好きじゃないと思われるんだろう? 僕がやりたいのは、その対極の二つを繋げること。人の見た目と好みとが一緒じゃないと、もっと面白いのだけど。一緒にパッケージになっていないような。だからこれらの作品は、汚いミニマリズムを演じているんです。

模様の不完全性はどこからくるのでしょうか?あなたがわざと作っているのか、結果としてそうなったのか。

Tal R [Gate], 2007

"Gate" / © Tal R, 2007

まず何をするかというと、こういう形を作って、Gate(門)と呼ぶと、とても堅い印象を受けます。しかし近づいてみて、正体をつかんだかのような気になります。 でもまた、その堅いイメージは捕まえられず逃げてしまいます。なぜなら間違いだらけの模様が塗ってあるから。
僕がやることは、実用的な構造をつくることです。普通はマスキングテープを貼って、赤をまず塗って、青を次に、というふうにしますね。そうするとはっきりした線ができる。しかし僕はそうしません。テープを置くだけ。すると絵の具がどういうふうに現れるか予想がつきません。水が多いとテープの下にしみ込む。

だからこれもゲームなのです。これは私が塗ったのではなくて、色を混ぜて、線を引いて、こことここ、と指定してアシスタントの男の子たちに頼みました。そして後で、例えば、「この五つはそのままで、こことここをまた塗ってください。」と頼みます。だから一緒に作業をしている感じです。僕にとっては、(僕ではなく)彼らがやることが大事なのです。身近に作業をしていて、彼らがしていることはラベルをつける作業ではなく、行程の一部なのです。

ポスターについてですが、イメージの元となっているピンナップなのですか?

ほとんどのポスターに、"Adieu Interessent"というタイトルをつけています。それは、「全ての興味があるものに、さようなら」という意味です。

とても皮肉ですね。

Tal R and installation view at Tomio Koyama Gallery, 2007

Tal R and installation view at Tomio Koyama Gallery, 2007
© Tal R, 2007

皮肉とも言えますし、そうですね、雑誌を読んでいて、これが良い、興味がある!と思ったとして、なんで興味があるのか、普通考えませんよね。目が、ただイメージを拾っているだけというか。育てられた方法や、教育や家族の歴史によって、人は特定のイメージを集めます。
私は自分が特定のものに興味があると気がつきました。でもそれについては何も考えません。ただ好きだから、集める。大量に。スタジオには、床が全部隠れるくらい、僕が好きな本や、写真があります。

だからポスターは僕の興味で制作しています。ほかの作品に対する、脚注のようなものだと思います。 さようなら、Adieu、という理由は、同時に私がそれらを目の前から処分したいと思っているからです。

作品を創る動機は何ですか?

美術一般で、ということですか? まず、私にとって美術は母国語だと考えています。デンマーク語も、英語も第二カ国語、第三カ国語になり得ます。私は肉体的に話す必要があるのだと思います。
美術をやるということは割と肉体的なもののしゃべり方で、美術史上において常に議論されていることだと思います。
しかしそこには人類の食べることに対する欲望や、子孫を残したいという、長い歴史があって、そういった本能の一つが自己を表現したいということなのだと思います。僕には、小さい頃から強い欲望としてありました。時々、覚えていたいという気持ちなのかなと考えることもあります。手の上で何かを覚えていたいという。
僕はたくさん作業をしますが、もう一方ではとても不精です。なぜか?僕は自分にとってとても大事なことではないと働けないからです。でなければ、寝ることのほうが良い。いつもそれが大事であるというところ、僕が緊張するようなところを探しています。ただの仕事になるところまで行ってしまったら、止めます。規則ではないですが、僕のやり方です。

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