
Interview / Stefan Gronert and Matthia Löbke
(カタログ『Gert & Uwe Tobias』Snoeck Verlargsgesellschaft mbH, Kölnより)
photo / installation view : Kei Okano
installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 © Gert & Uwe Tobias

Gert & Uwe Tobias
私たちは私的なことを語りたいのではありません。
むしろ、私的なものを越えたことを語りたいのです
<媒体・ジャンルの多様性>私たちは様々な芸術的媒体において制作しています。もちろん、木版は私たちの作品において大きな位置を占めているといえるでしょう。しかしドローイングは(私たちにとってのドローイングには水彩も含まれます)常に出発点を表すものです。本質的には、今日において自分自身をペインターとして捉えているか、グラフィック・アーティストと捉えているか、それとも製図者と捉えているか、といったようなことはほとんど意味をもたないですよね。むしろ重要なのは、自分が作品の中心として定めたものであり、そこにこそ視覚的、ペインティング的、イメージの構造がみえるのではないでしょうか。
確かに、幾つかの媒体を用いて制作することでありきたりになってしまわないのだ、ということを一つの選択肢としてお考えの方もいますよね。しかし私たちの場合そうではありません。木版がおもしろいものを提供し続けられないのでは、と心配する理由があるからです。私たちの経験は極めて特異なものです。いやむしろ、水彩もドローイングも、彫刻も、コラージュも、インスタレーションにおいて非常に重要な役割を担っています。私たちの作品の、また別の重要な側面をみせているのです。というのも私たちは常に、こうした広がりを極めて意識的に探求しています。このような多様性が、個々の独立した作品への集中力につながっているのです。
映像、ビデオ、パフォーマンスはちょっと。私たちの作品にとって必要不可欠な媒体とはいえないでしょう。
水彩は、紙上のペインティングに他ならない。また木版であっても、筆を使っていないというだけのことであって、ペインティング的な視点から全ての行為を決定しています。よって、全てのペインターに投げかけられる問いに対し、私たち自身も答えていると言えます。

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 L to R:"untitled", 2008 / Coloured woodprint on paper / 210.0 x 188.0 cm "untitled", 2008 / Coloured woodprint on paper / 210.0 x 188.0 cm © Gert & Uwe Tobias
<伝記的なもの・視覚的なもの>私たちの歩んできた歴史、故郷というのは自然と作品に表れますが、ドイツ的主題をあからさまに提示することはありません。ただ、どういうものに興味を引かれるかといえば、何か非常に具体的なものを表し、普遍的な妥当性をもっている現象です。その一例として、木版のシリーズ"Come and see before the tourists will do- the Mystery of Transylvania"(2004)が挙げられます。この作品は、一方では伝記的に定められています。私たちはトランシルウ゛ァニア出身ですから、トランシルウ゛ァニアの場所や、トランシルウ゛ァニア・サクソン人の実状についてよく尋ねられます。他方では、日本やケープタウンといった世界のあちこちに、山々のかなたにある地……といったトランシルウ゛ァニアに関する紋切型の表現が存在します。もちろん、フォーク・アートに加え、こうした点があるからこそ私たちは主題的複合性の枠内で制作できているのです。
故郷から地理的に離れたところにいる、ということは私たちのものの見方に影響を与えています。例えば、フォーク・アートって、ポーランドの本をみてもトランシルウ゛ァニアの本をみても、みんな似ていますよね。我々の興味を惹き付けてならないのは、なんといっても、多様な西欧文化のなかにある図像学であり、それらが本質的に等価であることといえます。
1989年以降は多数の人々が移住をしました。トランシルウ゛ァニアン・サクソンの歴史における転換期だったのです。このことがKunst museum Bonn(ドイツ・ボン美術館)に一年間インスタレーションとして展示されている部屋の出発点となりました。この部屋はある意味、地方の歴史博物館に似た雰囲気を醸し出しており、まるでそういった博物館にあるような感じで、私たちの多種多様な作品が集められています。ルーマニアのシビウでした展示(Brukenthal Museum:"If you build it, they will come")のポスターを外壁に貼ったのもそれゆえのことです。私たちは私的なことを語りたいのではありません。むしろ、私的なものを越えたことを語りたいのです。

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カタログ『Gert & Uwe Tobias』(Snoeck Verlargsgesellschaft mbH, Köln)より、写真右:木版のシリーズ"Come and see before the tourists will do- the Mystery of Transylvania"(2004)と写真左:個展のために制作されたポスターの展示 © Snoeck Verlargsgesellschaft
B級映画のタイトルには本当にくだらないものもあります。しかし私たちは民間伝承の図像学を用いることで「陰気な」タイトルを和らげています。そうやって映画の文脈を弱め、イメージについて考察し、それを日常へと変換しているのです。"I Married a Vampire"や"Dracula's Dog"はその好例といえるでしょう。このシリーズはまだ完成していません――英語のタイトルの後ろに、私たちはその他英語以外の映画のタイトルを付け加えています。
ええ。それはもちろんですが、民族的な集団に刷り込まれた記憶のような役割を果たしている装飾的側面や反復も、私たちにとってはフォーク・アートの重要な側面といえます。
また、社会主義者建築の構成派的要素も私たちの作品に登場します。タイプライターのドローイングの多くでは、彫刻的なものと刺繍文様が結びついているのが一例です。
関係ないですね、私たちは鉛筆のような感覚でタイプライターを使っているんです。タイプライターは個別的なサインをとって、それらを寄せ集め、まとめあげ、並列させます。

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 L to R:陶器の彫刻3体とドローイングの展示 タイプライター・ドローイングの作品 © Gert & Uwe Tobias
<サイズ>最初はただの好奇心だったんです。けれどその後すぐに、私たちの版画の制作方法がフォーマットという点で融通のきくことに気がついたのです。とはいえ、8メートルの木版を制作するには理由が要ります。只単にサイズが大きくなった、というのではダメなんです。フォーマットを選ぶのに一番大事なのは、常に主題です。私たちにとって、サイズそのものに価値があるわけではありません。小さなフォーマットの良い水彩画が8メートルの木版に劣っているということは決してありませんから。
そのような質問と私たちは全くもって無関係です。不確かで疑わしい関係性の部分ばかり聞きたがるから、そういう話題で終始してしまうことがよくあります。1m80cmに対して、2mのフォーマットの方が技術面で理想的と私たちが判断すれば、1m80cmについての議論に参加する理由なんて、決して考えませんよね。まして、自分たちの身に置きかえて考えるなんてこと、ありえません。
<制作形態:双子のアーティスト>習作の段階では一緒でありませんが、完成に近づくにつれて一緒に制作するようになります。共同制作をすることによって得られるものはシンプルに良いものであり、自らがもつ質を濾過してくれます。またおそらく、私たちはアイディアを出し合いますが、それらのアイディアを自分一人の力で出来るよりも、より早く、そしてより正確に認識できているのです。
私たちの作品には、前もって定義されている領域がありません。各人が、全てのことをやるのです。自分たちのスケッチについて話し合った後は、どちらが著作者である、ということがなくなります。このことによって私たちそれぞれに駆け引きをする余裕が生まれ、またスタジオを共有しているがゆえに常に対話することもできます。
現実的にいって、全くもってありえません。
<文字を書くこと>私たちが文字を書いたものを用いているのは、"Come and see before the tourists will do the Mystery of Transylvania"というシリーズと、個展のポスターにおいてのみです。しかしおっしゃる通り、文字は情報として判読できるものでなければならないという事実がありますから、文字一つ一つも構図のなかのあらゆる形体と同じように使います。
ええ、もちろんです。ユーモアによって距離が生まれるし、ノスタルジックにならないですむんです。

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installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 中央が小山登美夫ギャラリーでの個展のために描かれたポスターシリーズの木版画。"untitled", 2008 / Coloured woodprint on paper / 200.0 x 168.0 cm 両サイドにはタイプライター・ドローイングが配された。 © Gert & Uwe Tobias
<パレット>私たちはほとんど原色を使いません。毎回といっていいほど色を混ぜます。いかに色を用いるか、というのは主題に依るところが大きいですね。
はい、その通りです。具体的な色を使う刷りの行程で、決めています。
そこがまさに面白いところなんです。木版をつくっているときにはしばしば、どうすれば層が刷ったときにでるか自発的に決めています。版の表面上を何度も刷り重ねていけば、新たな色の組み合わせができることもあります。
<ポスター>私たちの初めての展示、Galerie Michael Janssenでの"Come and see before the tourists will do- the Mystery of Transylvania" では、これらのシリーズを壁面上で見せたかっただけでなく、25点の木版全てをまとめあげる機会を模索していました。それ以降、個展ごとにポスターをつくる習慣になっています。展示名や展示空間を木版に翻訳する着想が気に入っています。
いいえ。私たちのつくるポスターは木版と同等の価値をもつものでなければなりません。それゆえに、展示空間に関連づけるための選択肢を用意しています。
<シリーズ>招待状用のポスターとして私たちが捉えている木版はシリーズといえるでしょう。ただむしろ、私たちはそれらのポスターを機能面から捉えています。それにもちろん、より大きな意味で作品を分けることもできます。例えば抽象的な作品はフィギュラティブな作品と区別できますし、フィギュラティブな作品にしても個の人物像、二人の人物像、何人かの人物像というふうに順番に分けていくことができます。
もちろん!しかし内容の点からもシリーズであるべき必然性がなければなりません。"Come and see before the tourists will do- the Mystery of Transylvania"シリーズや招待状用のポスターのように、必然の結果でなくてはならないのです。

このインタビューの原文(ドイツ語・英語)が掲載されているカタログ『Gert & Uwe Tobias』(2008)
出版:Snoeck Verlargsgesellschaft mbH, Köln
オールカラー、183ページ
価格:8,400円(税込)
*小山登美夫ギャラリー、TKGエディションズ、TKG 代官山で発売中