物体は常に運動していて、
私たちはそれを凍ったフレームでほんの一瞬見ているに過ぎない

制作のほぼ全行程をご自身のウェブサイトで公開していらっしゃいますね。

ええ、でも最近は更新できていません。

多くの作家は、制作過程を人に見せるのを嫌いますが。

私の作品に関していえば、制作過程が大部分を占めていますので、その過程を見せようと心がけています。

同じ街区の中に壁の層があるものの、一つの建物として固まっているのではないようです。

そのように見えるのは、私が様々なイメージを引っ張って来ているからでしょう・・・。第一に、私のつくる建築は解体せられ、全体を構成することはありません。つまり既に切り刻まれ、断片化されているのです。往々にして、私は3つの異なるイメージを選び、それらのイメージの部分を取ってまとめ上げます。その効果として、建物が何かを形作ろうとしてはいるものの、首尾一貫した何かを形作ることは絶対にない、ということになるんです。これは都市全体が定義されていない状態だという発想です。量子力学に明るい方は、あらゆるものが至る所において同時に存在し、観察されて初めて首尾一貫性を獲得する、という発想をご存知でしょう。つまりこれは、原子が合体して何らかの固体になることは決して無いという発想です。物体は至る所に存在します。
私が獲得しようとしている美学とは、そういったものです。物体は常に運動していて、私たちはそれを凍ったフレームでほんの一瞬見ているに過ぎない。でも一瞬の後には、物体はもう別の方に動いてしまっている。決してその場所に留まっていることは無いのです。

Bemjamin Edwards Web site

Bemjamin Edwards Web site
http://www.benjaminedwards.net/

Ether Study (ElumXeres What), 2007Ether Study (ElumXeres What) (detail), 2007Installation View at Tomio Koyama Gallery, 2008

image L to R:"Ether Study (ElumXeres What)", 2007 / Unique digital inkjet drawing on paper / 58.5 x 77.5cm "Ether Study (ElumXeres What)" (detail), 2007  installation view at Tomio Koyama Gallery. 2008 © Benjamin Edwards

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「エーテル・スタディーズ」とはどういう意味ですか。

この素材は・・・私はこのガチャガチャした物を「ジャンク」と呼んでいます。私のアトリエではこれを「エーテル」と呼び、建築とエーテルを区別しています。私の用いるエーテルの辞書的定義は、そこにあるような宙に浮いている物体のことを指します。今時、携帯電話の会話は宙に浮いているような感じですけれど、本当に見ることはできませんよね。物体の視覚化を試みることー。情報を有する物はそこかしこにありますが、見ることはできない、でもそこにある。私自身の経験の中から様々なものを集めてあります。道を歩いていて見つけた広告のロゴであろうと、ウェブから引っ張ってきたものであろうと、テクストはテレビゲームやスパムから取ってきたばらばらのものばかりなんですよ。

わかります。日本語のテクストはコンピューター・オタクの間でよく使われるものですから。

ええ、英語のテクストも同じような感じだと思います。ナンセンスなチャットが沢山あります。また、テレビやYouTubeからのイメージも引っ張ってきています。ホワイトハウス記者協会の晩餐会でのスティーブン・コルベール ["Ether Study (Jane)", 2007] 。それはドン・アイムスですね。あれは坊主頭のブリトニー・スピアーズ ["Ether Study(No money required just one click)", 2008] 、これはブッシュ大統領 ["Ether Study (ElumXeres What)", 2007]、困惑しているスカーレット・ヨハンソン ["Ether Study (yes yes, Beloved dark rose)", 2007]、アンナ・ニコール・スミス ["Ether Study (Order of Erebus)", 2007]、そしてこれらの人物像は「グランド・セフト・オート」や「セカンドライフ」「ザ・シムズ」といったテレビゲームから取ってきました。テクストは「ワールド オブ ウォークラフト」というテレビゲームから来ていて、大体が人名です。私たちの身の回りで宙に浮いている、ジャンク・インフォメーション(がらくた情報)なんですよ。

言葉は極めて混沌としていますが、視点は古典的なのですね。

基本的に、道を見下ろす視点なのでカメラは固定されています。これらはスタディー(習作)として作ったものなので、ペインティングの為の「エーテル・スタディーズ」と呼んでいるわけですが、まだペインティングは完成していません。ペインティングを制作するには、まず建築景観全体があってそこからちょっと取り、それらの部分から作ります。それゆえにペイントする時には、多種多様な選択肢をもっていたいんです。特定の形態、色彩を探す時にも、沢山の選択肢をもつことが出来ますからね。

Ether Study (Jane), 2007Ether Study (yes yes, Beloved dark rose), 2007Ether Study (Order of Erebus), 2008

image L to R:"Ether Study (Jane)", 2007 "Ether Study (yes yes, Beloved dark rose)", 2007 "Ether Study (Order of Erebus)", 2007 / Unique digital inkjet drawing on paper / 58.5 x 77.5cm © Benjamin Edwards

東京の印象は?

僅かな時間しかなかったのですが、キディランドとその店がある通り(表参道)に行ってきました。あんなに人でごった返しているとは予想もしていなかったので、びっくりしました。これがこの質問の答えにちゃんとなっているかわかりませんが・・・。東京は期待していた程でもないな、と初めは思いましたが、色んな人に話を聞いて東京が広がりをもった都市だと知ってからは、東京が本当はどんな所かを知るには一つの場所を見ただけではわからない、色んな場所に行ってみなければわからないんだ、ということで納得しました。また来たいです。

旅行はお好きですか。

はい。

どのような環境で育たれたのですか。

カリフォルニアのサンフランシスコ近郊にあるベイエリア出身です。東京に似て裏通りがいっぱいあって、広がりのある、中心をもたない都市です。そこで育ったことが私に大きな影響を与えています。中心を欠いた場所という発想がたゆまなく発展していっているんです。

ご自身で制作されている世界の中に住みたいですか。

私のペインティングの中の世界に住みたいか、ですか? 答えはノーです。私は自分の描く世界をユートピアだとは思っていません。むしろ、「この世界はユートピアである」と信じている世界を描いたペインティングなのです。また、私のペインティングは全世界の均質化、つまりあらゆる場所が一緒のようになってきて似ている、という事実についてのペインティングでもあります。数時間前に(表参道で)ギャップを見かけましたが、何年か前にアムステルダムでも正に同じ店がありました。もちろん沢山の違いがあることも確かですが、今はどこへいっても同じような買い物が出来て、あらゆるものが同じみたいになっています。あらゆる場所が混合体に組み込まれている。私の作品はそういったこともテーマにしています。

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