Perfect is not perfect

津田さんは、今回が初めての個展ですね。

はい、 そうです。

作品を作るということに興味を持ち始めたきっかけがあれば教えてください。

小さい頃は、落ちているものを拾ってきて、気になるきれいな石や、ガラスの破片などを集めて並べて遊ぶ、ということはしていました。あとは、家と家の隙間に入って何か落ちてないかな、と探したり、そのまま隙間にじっとしていたり。
子供のころから絵を描くことはしていましたが、意識して何かをつくろうと思ったのは、大分後になってからです。
中学生くらいになるとだんだん絵が好きだなと思い始めたのですが、最初はそこまで意識しないで自分が頭で考えていることを絵にするのが楽しくて描いてました。
一番決定的な作品に出会ったのは高校生の時で、東京都現代美術館で見たアンディー・ウォーホールの"Silver Clouds"という作品でした。展示室いっぱいに銀色のバルーンが浮かんでいて、自分もその中に入ったときに作品の一部になったような感覚をうけて、空間に作品を存在させることについて考えるようになりました。

最初はテラコッタで作っていたそうですが、セラミック(陶器)で作り始めたのはいつからでしょう?

四年前くらいから少し素材的にも自由が利くようになってきて、少しずつ小さいものからつくり始めました。

それでは、今回の作品の話についてお聞きします。人形たちのシリーズ("Perfect is not perfect")ですが、ボディに書いてある数字には何か意味があるのでしょうか?

この作品は一個ずつ何かが欠けるという、単純に誰でもわかる記号として数字を選びました。数字自体には意味はないので、ひらがなでも英語でもよかったんです。0を抜かした、1から9までの数字が書いてあるものが1体と、一つずつ数字が欠けているものが9体あります。

作品タイトル“Perfect is not perfect”に関連してくることでしょうか。

そうですね。展覧会のタイトルでもある“Perfect is not perfect”とは、すべてを成している完全な状態が決してすべてを表していることではなく、何かが欠けていることでも成り立つのではと思い、つけました。

Perfect is not perfect, 2008Perfect is not perfect(detail), 2008Perfect is not perfect(detail), 2008

L to R: "Perfect is not perfect", 2008、"Perfect is not perfect"(detail), 2008、
ceramic / h.34.0 x w.10.0 x d.8.0 cm(each) © Kumie Tsuda

他のヴァージョンの人形作品では、結構ひびが入っていたものが多かったのですが、焼いてる途中でひびがはいるような緩さでわざとつくっているのですか?

はい。

割れて落ちてしまう部分も?

はい。あるんですけど、途中でまた何回かやり直したりつけたりもできます。

この鉱石のようなシリーズは、どうやって整形するのでしょうか。

粘土を丸めたものを均一な厚さを残しながらくりぬいて、ある程度固まってきたらナイフで削っていきます。
何個か固まってついているものは、柔らかい粘土を糊替わりにしてつけていきます。

作品をつくるのに大体どれくらい時間がかかるのですか?

大きさと形によってそれぞれ違いますが、今回発表した作品ですと早いもので10分ぐらい、かかったものは1週間ですね。
あまり時間をかけると集中が切れてしまってどこで止めるか判断力が鈍くなるようです。ドローイングを描くような感覚でつくっています。
原型ができるのは早いですが、そこからの行程がまたあります。土で形をつくってから、乾燥させて、一回焼いて、それから釉薬を塗って、また焼きます。

数字を書いたりするのはどの段階でしょう?

数字は、じつは彫ってあるんですけど、原型をつくって少し乾いた状態の時に削ります。
その後焼いて素焼きができた状態で釉薬を塗ります。想像しながら色をつけるので、うまくできない時もあるのですが、何回か色もつけ直して焼き直しています。

installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008Dinstallation view at Tomio Koyama Gallery, 2008

installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008  © Kumie Tsuda

この糸は、なんですか?

作品と、作品はあまり離れた存在ではないので、そこに目印をつけるような感覚です。
個々の位置のままで展示するより、他のもの同士が関係していることの目線のひっかかりをつくる、ものとものとの間の空間を結ぶということでしょうか。ものを空間に置くことにも興味があります。
寝てる作品とこの作品は 前からつくっていましたが、ほかの作品はここのスペースを見つつ作っていきました。作品一つ一つが空間に存在するだけで関係してくるので、空間全体に対して作品をどこに置こうかということを考えながらつくります。

地球を一周できるくらいの量の糸玉を持っているそうですが(笑)、糸を集めているんですか。

色々な糸を集めてます。これは、元々こういう素材のほつれたような糸なんです。

東京ワンダーサイトの展示では、真ん中に大きいオブジェがありましたが、今回その作品がちょっとそれに似ているよう気がします。こういった形は、どこからきているんでしょう。

<Meteora>の時の作品は、最初は足が逆さまになって立っている作品でした。修道士が何百メートルもの岩山を、道具もそろっていないなか、修道院を造るために命がけで登るという行為が私にはあまり理解できなくて、目に見えない存在に対してそこまでできることの、人の不思議さに惹かれてつくりました。最終的には足ではなく岩が溶けているような形の上に、白い森の作品をのせました。
<Meteora>のタイルの絵にも共通してある考えなのですが、上からこぼれてきて形ができているのか、下から浮かび上がって形を成しているのか、それとも形あるものが上と下へ流れこぼれていくのか、始まりと終わり、破壊と構築が同時に存在する状態の作品です。
今回は「完全は完全ではない」ということに基づいた作品です。人の形をしているけれど何か一つ欠けていたり、石と重なって体の一部が見えない人がいたり、石ころも一つだけではただの石ころ、物を入れるとこぼれるポケット、偶然に隣り合った時にうまれる関係や意味をもつモチーフなどでしょうか。

installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008installation view at Tokyo Wonder Site Hongo, 2007, 2008

L to R : installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008 
"Meteora" installation view at Tokyo Wondersite Hongo, 2007 © Kumie Tsuda

このレリーフは面白いタイトルだと思ったんですが、"When have a meaning"というのはどういうことでしょう。

二つで一つの作品をつくりたいと思ってつくり始めました。一つでは存在しない意味が、二つ合わさる事によっていくつにも意味が広がる。私や誰かがそこに意味を見つけるのではなく、誰も見ていないところでも重なって、意味は幾度となく広がっては散っていくような。
よく電車やバスなどに乗っているときに作品を思いつくのですが、乗り物に乗りながら考えていて、周りに座っている人の、目につくものをまず描き始めたり。あとは、気になっていたモチーフを少しずつ描きました。一つ一つまた違うものがくみ合わさってまた違う意味が生まれればと思います。

最初はバラバラな状態から、二枚ずつ組み合わせるのを考えていましたよね。その時に、二つ組み合わさってもっとも強いイメージが連想されるものを、意識的に組み合わせているのですか?それともなんとなく、これで合うかなという感覚で?

そうですね。あまりはっきりわかるような組み合わせは避けて、わりとゆるくとらえて。ゆるく選んだモチーフなので。あえて美しい形を探すのではなく、普通に目にするモチーフもおもしろいと思います。
これは、サクランボがすっごくいっぱいくっついてた時があって、ラッキーだなあ、と思って。

あれは何でしょう?

チョコレートかキーボードか、どちらかです。
組み合わせることによって全然違うイメージが生まれるような、詩を書くみたいなことかもしれないですね。

installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008When have a meaning, 2008

L to R: installation view at Tomio Koyama Gallery, 2008
"When have a meaning", 2008 / ceramic (2pieces) / h.16.0 x w.12.0 x d.1.5 cm © Kumie Tsuda

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